有名度
小結洲崎神社
すさきじんじゃ
千葉県館山市洲崎1697番地
敬神風化の碑・子宝蘇鉄
更新日:2025年10月20日
敬神風化の碑
洲崎神社の「敬神風化の碑(けいしんふうかのひ)」は、二の鳥居をくぐって参道左手の手水舎のそばに建つ石碑で、関東大震災(大正12年・1923年)と昭和大津波(昭和11年・1936年)の二度の大災害からの復興を地域が一丸となって成し遂げたことを伝える記念碑です。建立は1937年(昭和12年)で、震災と津波で甚大な被害を受けた社殿や周辺の港(栄ノ浦・間口)が、氏子や地区の人々の信仰と協力によって復旧されたことを後世に伝えています。「敬神風化」という語は、“敬神の心が風化しないように”という戒めと、“信仰によって人々の心を教化(風化=風教)する”という意味をあわせ持ちます。洲崎神社の碑は、災禍に屈せず復興を遂げた人々の功績を顕彰し、信仰を後世に伝える象徴として建立されたものです。
この顕彰碑は、地区住民が一致団結して洲崎神社および栄ノ浦(えいのうら)漁港、間口(まぐち)漁港の復興に尽力したことを称えるもので、高さ約3.5メートルの粘板岩製です。題字は明治時代の国家主義運動を主導した玄洋社の社主・頭山満(とうやまみつる)が揮毫し、碑文と書は明治大学教授で伝説学者の藤沢衛彦(ふじさわもりひこ)が手がけました。碑面には、10人の発起人と47人の漁業組合員の名が刻まれ、地域の信仰と団結の証として今日まで残されています。

子宝蘇鉄
洲崎神社の「子宝蘇鉄(こだからそてつ)」は、境内にある樹齢およそ二百年と伝わるソテツの古木で、根元からいくつもの新芽や子株が生えていることから「子宝に恵まれる象徴」として信仰されています。その姿が「親木が子を抱くようだ」といわれ、古くから子授けや安産、夫婦円満、子孫繁栄を願う人々が祈願に訪れる場所となっています。
そのため「子宝蘇鉄」は、天比理乃咩命(あまのひりのめのみこと)を御祭神とする洲崎神社の中でも特に女性や夫婦に人気の高いご利益スポットとして知られています。

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