東大神 - 神社ファン

有名度

前頭

東大神

とうだいしゃ

千葉県香取郡東庄町宮本406番地

千葉県香取郡東庄町宮本406番地

拝殿

Towacoco (wikipedia CC 表示-継承 4.0)

かんたんご利益

御祭神

主神

玉依姫命 たまよりひめのみこと

相殿

鵜葺草葺不合尊 うがやふきあえずのみこと

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(1柱)」

です。
他に 「不明(1柱)」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

東大神は千葉県香取郡東庄町に鎮座する神社。御祭神は玉依姫命、鵜葺草葺不合尊の2柱をまつる。
社格は旧県社。
社伝によれば、創建は景行天皇53年(紀元前後の襲来年次を神話的に位置づけた伝承年代)に遡るとされ、天皇が東国巡幸の折、当地に滞在して東海の鎮護を祈願し春臣(あるいは春日命に準じる命)に命じて一社を建立し玉依姫命を祀ったのが始まりと伝えられる。
以来、歴代天皇や朝廷・武家からの崇敬が厚く、康和4年(1102年)には堀河天皇より「総社玉子大明神(そうじゃたまこだいみょうじん)」の称号を賜ったと伝えられ、享徳3年(1454年)には後花園天皇から勅額が下賜されたという記録も残る。また、源頼朝が寿永3年(1184年)に当地を支配した千葉氏系の武士に対し御厨(神領)の寄進を指示したとされ、徳川家康も天正19年(1591年)に当社に神領10石を寄進したとの伝承がある。地域的には、下海上郡(うなかみぐん、現在の海岸地域を含む地域)における総社として、東庄(とうのしょう)地方全体の氏神・鎮守と見なされ、特に中世以降、当地を支配した東氏(とう氏)が代々当社を崇敬し社殿の造営や奉納を行ってきたという。中世~近世期には、応永2年(1395年)に東左馬助胤家が社殿を造営したという記録があり、現在の本殿は文政9年(1826年)、拝殿は文政10年(1827年)に再建されたと伝わる。昭和31年には従来の草葺屋根を模して銅板葺に改修された。
地元には「オオジン様」という通称も残り、これは「王子大明神」から訛ったとする説が一般に語られている。また、かつて神仏習合の時代には仏教経典や伝統書写物として「伝東常縁筆詠草断簡」や紙本大般若経の奥書などが伝来し、これらは千葉県や東庄町の文化財に指定されている。
  • 県社
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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E5%A4%A7%E7%A4%BE
千葉県神社庁
https://www.jinjacho.or.jp/