有名度
小結玉前神社
たまさきじんじゃ
千葉県長生郡一宮町一宮3048番地
玉前神社の石碑
更新日:2025年6月13日
獲錨記念碑
力石の隣の「獲錨記念碑」は、九十九里浜の海に沈む錨を引き上げた記念として建てられました。明治時代末、地引網漁を行っていた漁師たちは、この錨による漁網被害に苦しめられていました。この錨が網にかかり引き上げられた際、漁師たちは玉前神社のおかげと喜び、網主11名が錨とともに石碑を建立しました。石碑の篆額は、海軍大将・東郷平八郎によるものです。
芭蕉の句碑
「たかき屋にの御製の有難を今も猶 叡慮にて賑ふたみや庭かまど はせを」と石碑に刻まれた句は、松尾芭蕉が1688(元禄元)年に作ったといわれるものです。その左に刻まれているのは、「名にしおはゞ名取草より社宮哉 金波」という句を発句とする表十句。背面には「無尽言」の題字の下に149句が刻まれています。この碑は上総千町村(現在の茂原市千町)の俳人、起名庵金波・河野五郎兵衛一門によって建てられました。書も河野五郎兵衛の手によるものです。1992(平成4)年には、一宮町指定文化財に指定されています。

平廣常顕碑
鎌倉時代に上総国を支配した武将、上総権介廣常(かずさごんのすけひろつね)の玉前神社への信仰を顕彰した石碑です。廣常は、仕えていた源義朝が戦に敗れたのち平家に従いましたが、源頼朝が挙兵した際に呼応しました。その後、頼朝から謀反の疑いをかけられ、1183(寿永2)年・12月に暗殺されてしまいます。しかし同年の7月、廣常は頼朝の真贋と東国太平を祈願し、玉前神社に鎧一領を寄進していました。石碑に刻まれているのは、鎧に添えられていた書状の文面です。
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