意富比神社 千葉県船橋市宮本 - 神社ファン

有名度

前頭

意富比神社

おおひじんじゃ

千葉県船橋市宮本5丁目2番1号

千葉県船橋市宮本5丁目2番1号

拝殿

Daidouji(wikipedia CC 表示-継承 3.0)

意富比神社以外にも 船橋大神宮 とも呼ばれます。


かんたんご利益

  • 仕事
意富比神社には

「仕事系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

国家隆昌 生命力向上 五穀豊穣

御祭神

天照皇大御神 あまてらすすめおおみかみ

神社系統

この神社の主な系統は

伊勢・神明系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

意富比神社は千葉県船橋市に鎮座する神社。御祭神は天照皇大御神の1柱をまつる。
社格は式内社であり、旧県社。
意富比神社の創建は景行天皇四十年に遡るとされ、日本武尊が東国平定の途次、当地で戦勝と国土安穏を祈願して天照皇大神を奉祀したことに始まるという。伝承では、当地が日照りに苦しむ中、日本武尊の祈雨によって雨が降ったとも伝えられる。平安時代以降の記録には、『日本三代実録』貞観5年(863年)に「下総国意富比神」の名が見え、『延喜式神名帳』にも小社として列せられており、少なくとも9世紀には朝廷の認知を受けていた古社であることが確認できる。
中世以降、意富比神社は「船橋神明」「船橋大神宮」と呼ばれるようになった。これは、保延4年(1138年)頃に当地が伊勢神宮の御厨「夏見御厨」となり、神明信仰と習合して天照大神を主祭神とする神明社化が進んだことに由来する。郷土史料によれば、鎌倉~室町期には源義朝や頼義・義家による社地寄進・祈願があり、応永期には千葉満胤、天正19年(1591年)には徳川家康が社領寄進や朱印を与えたと伝わる。
明治維新後、明治元年の火災で社殿を焼失したが、有志によって明治3~4年に再建され、明治7年1月に県社に列せられた。また、近世には境内に灯明台(常夜灯台)が設けられ、海上航行の目標灯として利用された。慶應4年(1868年)の焼失後、明治13年(1880年)に擬洋風様式で再建され、六角形構造の石油ランプと反射鏡で最大約6海里まで光が届いたとされる。
現在も、正月・節分・10月20日(例祭日)・12月二の酉などに神楽殿で伝統的な舞が奉納されるなど、地域の信仰と文化を今に伝える社である。
  • 県社
  • 式内社(小)
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神社詳細

公式URL

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例祭

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文化財

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建築

本殿 神明造

神紋

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出典
公式サイト
http://www.oohijinja.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%84%8F%E5%AF%8C%E6%AF%94%E7%A5%9E%E7%A4%BE
千葉県神社庁
https://www.jinjacho.or.jp/