末社 柿本人麻呂神社 | 川越氷川神社 - 神社ファン

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大関

川越氷川神社

かわごえひかわじんじゃ

埼玉県川越市宮下町2-11-3

末社 柿本人麻呂神社

更新日:2025年7月4日

全国でも珍しい柿本人麻呂を祀る神社

山上憶良の歌碑の隣、切妻造の覆屋の中には末社「柿本人麻呂神社」が鎮座しています。飛鳥時代の歌人である柿本人麻呂をお祀りした全国でも珍しい神社です。旧武蔵国内では唯一のお社であるとも言われています。
柿本人麻呂神社 社殿
柿本人麻呂の子孫である綾部氏が戦国時代に川越に移住してきた際、綾部氏の宅地から遷座されました。1689年の神社の古記録にも、その存在が記されています。
現在の社殿は、1739年に喜多町中で八坂神社として建立されたものが、境内に移築されたと言われています。特徴的なのは、軒唐破風の下の蟇股に施されたキュウリの彫刻でしょう。キュウリは、八坂神社の神紋と似ていることから繋がりがあるとされています。
柿本人麻呂神社 本殿のきゅうりの彫刻
柿本人麻呂は、山部赤人と共に歌聖と称えられています。三十六歌仙のひとりであり、平安時代からは「人丸」と表現されることも多い人物です。歌道上達や学業成就の御神徳があるとされています。また「人丸」は、「火止まる」「人産まる」と連想されることから、防火・安産の神としても信仰を集めています。

山上憶良の歌碑

柿本人麻呂神社の横には山上憶良の歌碑があります。山上憶良は奈良時代の貴族であり歌人です。万葉集には約80首もの歌が選ばれており、柿本人麻呂(約90首)と並び多くの歌を伝えています。歌碑には万葉集にある「惑へる情を反さしむる歌」が、第19代山田衛居宮司と懇意にしていた中嶋与十郎らによる書のものが刻まれています。
山上憶良の歌碑

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