有名度
前頭薬師神社
やくしじんじゃ
埼玉県川越市幸町15-8
埼玉県川越市幸町15-8

かんたんご利益
- 健康
- 仕事
- 家庭
薬師神社には
「健康系」「仕事系」「家庭系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
公
五穀豊穣 家運隆昌 病気平癒 眼病
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「薬師・久須志系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
薬師神社は埼玉県川越市に鎮座する神社。御祭神は大己貴命、少彦名命の2柱をまつる。薬師神社は元々「薬師堂」であり、元町(現・川越市元町)市場の守護として、常陸国から勧請されたとされる。元和年間(17世紀初期)に設けられたこの勧請に始まるという。市場内が手狭になったため、元和9年(1623年)に城主であった酒井備後守の命により、現在の地(幸町)へ薬師堂を遷座させた。遷座後、「瑞光山 医王院 常蓮寺」という天台宗の寺院としての性格を持つようになる。新編武蔵風土記稿などによれば、本尊は行基菩薩作と伝わる薬師如来の立像(長さ二尺ほど)、脇侍として日光菩薩・月光菩薩像があった。これらは病気平癒、特に眼病への信仰を集めていた。明治維新後の神仏分離政策により、常蓮寺は廃寺となり、薬師堂は「薬師神社」と改称された。仏教的要素は残しつつ、神社としての性格を帯びた。明治26年(1893年)の川越大火では、時の鐘(鐘楼)とともに薬師神社の建物も焼失した。薬師如来像のみが難を免れたが、その他の仏像・仏具類は全て焼失した。翌年(明治27年、1894年)に鐘楼と共に社殿を再建する。現在の建物はこの再建後のものである。
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神社詳細
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出典
埼玉県神社庁
https://www.saitama-jinjacho.or.jp/
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