一の鳥居 | 氷川神社 - 神社ファン

有名度

大関

氷川神社

ひかわじんじゃ

埼玉県さいたま市大宮区高鼻町1-407

一の鳥居

更新日:2026年6月20日

日本一長い氷川参道の起点

JRさいたま新都心駅から徒歩約10分、旧中山道と交差する場所に、武蔵一宮氷川神社の「一の鳥居」が建っています。鮮やかな朱色の大鳥居と、「武蔵國一宮」と刻まれた石標が目印となっており、ここから武蔵一宮氷川神社まで約2km続く氷川参道が始まります。氷川参道は日本一長い神社参道ともいわれており、大宮を代表する景観の一つとして知られています。
大宮駅側から訪れる人は二の鳥居から参拝することが多いですが、本来の正式な参拝は一の鳥居から参道を歩いて神社へ向かう形とされています。毎年8月に行われる例大祭では、皇室から派遣される勅使も一の鳥居から参道を進み、武蔵一宮氷川神社へ向かいます。現在でも、一の鳥居は氷川神社の“表玄関”として特別な意味を持つ場所となっています。
一の鳥居
一の鳥居の正確な創建時期は不明ですが、江戸時代にはすでに存在していたと伝えられています。かつては石造の鳥居でしたが、1923年(大正12年)の関東大震災によって倒壊しました。その後、およそ10年間は参道入口に鳥居がない状態が続きましたが、1934年(昭和9年)に三の鳥居が新しく建て替えられた際、旧三の鳥居がこの場所へ移築され、木造の一の鳥居となりました。さらに1955年(昭和30年)には新しい鳥居へ建て替えられ、現在へと受け継がれていきます。
しかし、戦後に建てられた鳥居も約70年が経過し、老朽化が進んでいました。そのため、武蔵一宮氷川神社の御鎮座2500年を前に改修工事が行われ、2023年5月26日に竣工祭が執り行われました。現在の一の鳥居は、埼玉・大宮で長年冠婚葬祭事業を手掛ける「サイカンシステム株式会社」により奉納されたものです。新しい鳥居は鮮やかな朱色が印象的で、氷川参道の入口として強い存在感を放っています。
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一の宮社号
一の鳥居と並んで注目したいのが、鳥居脇に建つ「武藏國一宮」の石標です。この石標は1722年(享保7年)に奉納されたもので、江戸時代中期を代表する書家・佐々木文山の筆による文字が刻まれています。現在残る氷川神社の石造物の中でも最古級の存在とされ、氷川神社の長い歴史を伝える貴重な遺構です。
この石標には、神仏習合時代の名残も残されています。もともとは「本地聖観世音」という文字も刻まれていましたが、1868年(慶應4年)の神仏分離によって削られ、現在もその跡を見ることができます。また、明治時代には「官幣大社 氷川神社」の文字が背面に刻まれ、一時は向きを変えて設置されていた時期もありました。江戸時代から明治維新、そして現在へと続く氷川神社の歴史の変化を、この石標から読み取ることができます。
一の鳥居西側に整備されている「一の鳥居ひろば」は人気の撮影スポットです。春には桜が咲き、赤い鳥居と淡い桜色のコントラストを楽しむことができます。新緑の季節には鮮やかな緑に朱色が映え、秋には紅葉との組み合わせも美しく、季節ごとに異なる表情を見ることができます。
一の鳥居の裏からみた参道

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