中之嶽神社 - 神社ファン

有名度

小結

中之嶽神社

なかのたけじんじゃ

群馬県甘楽郡下仁田町大字上小坂1246番地

群馬県甘楽郡下仁田町大字上小坂1246番地

拝殿

Yones(wikipedia パブリック・ドメイン)

中之嶽神社は、奇岩がそびえる荒船山麓に鎮座し、日本一を誇る巨大な大黒天像が迎える迫力の名所です。急な石段の先に広がる岩峰の景観と近未来的な社殿が印象的で、開運招福や、厄除けを願う参拝者が訪れせる神社です。

かんたんご利益

  • 健康
  • 金運
  • 厄除
中之嶽神社には

「健康系」「金運系」「厄除・開運系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

病や厄、悪性を祓う 福を招く

御祭神

日本武尊 やまとたけるのみこと
外十六柱 ほかじゅうろくはしら

神社系統

この神社の主な系統は

妙義系

です。
他に 「不明(1柱)」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

中之嶽神社は群馬県甘楽郡下仁田町にある神社。日本武尊を主祭神とし、外16柱をまつる。
社格は旧村社。古くは武尊《ほたか》権現と呼ばれた。
元は妙義山最高峰の金洞山に対する山岳信仰に始まり、波胡曽神を山の主としてまつってきた。日本武尊は関東巡行の際に妙義山に登ったと伝えられており、この時に日本武尊が山中の賊を退治したことから村人が奉祀したともいわれる。第29代欽明天皇の時代に妙形氏によって社殿が建立され、第82代後鳥羽天皇の時代には、現在神宝となっている神剣を藤原祐胤が奉斎している。一時衰退した時期があったが、江戸時代には上野国(群馬県)小幡藩藩主織田家から崇敬された。領内総鎮守と定め、中之嶽奉行所の設置や社殿の造営、社地の寄進などを行い厚く庇護した。また、織田家移封後に藩主となった松平家からの崇敬も厚かったといわれる。
当社は奥宮の中之嶽神社と前宮の甲子大国神社の2社からなる。轟岩を神体とし、本殿をもたない古代の自然崇拝の姿を伝える神社として知られる。境内には平成17年に奉納された高さ20mの金色の大黒像がある。小槌ではなく剣を手にし、この剣が厄や悪霊を祓い、本来のご利益である福徳と厄を払うご利益があるといわれる。甲子大国神社で約300年に渡り行われてきた「甲子祭(子の日・子の刻参り)」は有名で、運気が高まるといわれる甲子の日に行われ、子の刻(午後11時から2時間)に参拝する。深夜にも関わらず、多くの参拝者が家内安全や心願成就などを祈願に訪れている。
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神社詳細

公式URL

摂末社・境内社

境内社 大国神社
大国主命

例祭

例祭 10月15日
甲子祭 甲子日の前日

文化財

情報募集

建築

情報募集

神紋

情報募集

出典
公式サイト
http://www.nakanotake.com/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E4%B9%8B%E5%B6%BD%E7%A5%9E%E7%A4%BE
群馬県神社庁
https://www.gunma-jinjacho.jp/