稲荷神社 群馬県前橋市文京町 - 神社ファン

有名度

十両

稲荷神社

いなりじんじゃ

群馬県前橋市文京町1丁目39番5号

群馬県前橋市文京町1丁目39番5号

かんたんご利益

  • 仕事
稲荷神社には

「仕事系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

五穀豊穣 商売繁盛

御祭神

荼吉尼天 だきにてん

神社系統

この神社の主な系統は

稲荷系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

稲荷神社は群馬県前橋市に鎮座する神社。御祭神は荼吉尼天の1柱をまつる。
藜稲荷神社の創建は寛延2年(1749年)に遡る。当時、越前松平氏の朝矩(松平大和守家第5代)が播磨国姫路藩より前橋藩へ入封する際、伏見稲荷大神の分霊を川越赤沢の地に奉斎したのがその起源である。いわゆる「出世稲荷」として、藩主や藩士から広く崇敬を集めた。天保年間(1830年代)には第8代藩主・松平斉典が、川越にて荼吉尼天(だきにてん)の御神体造像を行い、信仰はさらに厚みを増した。文久3年(1863年)には藩主・松平直克が前橋城へ帰城した際に、神社も川越赤沢から前橋城内に遷座された。この際、地名「赤沢」が変化して「藜(あかざ)稲荷」と称されるようになった。明治維新後の明治4年(1871年)には、前橋城の破却に伴って、氏子であった梅津家分地(現在の文京町一丁目)へ神社が奉還された。昭和27年(1952年)に宗教法人「稲荷神社」として正式に認証される。しかしその後御神体が所在不明となり、社殿も損壊状態に陥った。平成18年(2006年)、御神体が旧氏子宅より発見され、翌年には文化財保存修復家・藤田尚樹氏によって完全修復された。
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神社詳細

公式URL

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出典
公式サイト
http://akazainari.jugem.jp/
群馬県神社庁
https://www.gunma-jinjacho.jp/