有名度
関脇宇都宮二荒山神社
うつのみやふたあらやまじんじゃ
栃木県宇都宮市馬場通り1-1-1
春渡祭(神輿渡御)・永代太々神楽祈祷祭・花市・節分祭・厄難消除祈祷講祭・田舞祭・二荒山神社天王祭・菊水祭・冬渡祭(神輿渡御)
更新日:2026年4月1日
春渡祭(神輿渡御)
1年の始まるを告げる祭です。起源は平安時代の838(承和5)年、二荒山神社のご神体を、下の宮の荒尾崎から現在の場所に還座したことに始まります。一般に、還座は夜中に行われることから「渡り夜」と呼ばれ、その後これが訛り「おたりや」と呼ばれるようになったようです。祭礼は、12月15日と1月15日の2回行われ、12月は「冬渡祭」、1月は「春渡祭」と書きますが、どちらも読み方は「おたりや」です。
朝から境内では古いお札や縁起物お焚き上げが行われます。お焚き上げの煙にあたると、家内安全・無病息災・火災防止のご利益をいただけるといわれています。
夕刻には神輿が出御。御旅所では「御旅所祭」が斎行され、宇都宮市指定文化財の田楽舞が舞われます。
永代太々神楽祈祷祭
毎年1月・5月・9月に行われる祭です。神様へ感謝をこめ神楽を奉納し、さらなる守護を祈願します。二荒山神社の神楽は、江戸時代中期に江戸系統の神田流から教わったといわれる太々(だいだい)神楽で、宮比流(みやびりゅう)と呼ばれています。舞の数は全部で18種。かつては18種奉納されていましたが、現在は13種のみ奉納されています。
神楽面は40種あり、その中には江戸時代後期~明治時代にかけて活躍した、高田運春(うんしゅん)ら栃木県の仏師の名が書かれたものもあります。
花市
2月1日に行われるお祭りです。宇都宮二荒山神社の参道に露天が軒を連ね、郷土玩具の「黄ぶな」やだるま、熊手などの縁起物が並びます。毎年縁起物を求める人々で賑わう市は、天候がよければ21時頃まで開かれます。
節分祭・厄難消除祈祷講祭
厄を祓い福を招く節分祭では、午後から豆まきが行われます。豆や菓子のほか日用品なども投げられるため、持参した袋を広げ受け取る参拝者も見られます。田舞祭
5月15日に斎行される五穀豊穣を祈願する祭です。まず御社殿で祝詞奏上。その後、御社殿前で田楽舞が奉納されます。平安時代末期から始まったという歴史ある祭は、一時中断した後、江戸時代に復活しました。現在の田植舞は、旅芸人が日光で演じたものを元に、現・宇都宮市関掘町の6軒の家に伝えられたといわれています。
陣羽織のような上衣に裁着袴、赤い布を垂らした丸笠をかぶった田楽人は、竹で組んだ踏掛(ふんがけ)を用いて、田植えの様子を表現します。
二荒山神社天王祭
毎年7月15から20日に行われています。明治時代に神仏分離が行われる前、御祭神が牛頭天王(ごずてんのう)だったことから、天王祭と呼ばれています。初日である7月15日には神輿が出御、そのすぐ後の土曜日夕刻には、氏子町内の約40基の子神輿が出発します。子神輿は町内を練り歩いた後、「バンバ広場」に設けられた仮殿前で親神輿との対面を果たします。
その後、子神輿は宇都宮二荒山神社へ。子神輿は1基ずつ石段を駆け上がり、神門を抜け、御社殿に向かいます。
子神輿が掛け声と共に石段を駆け上がる様子は迫力満点。この祭り一番の見どころです。
菊水祭
10月21日に斎行される「例祭」の付祭です。10月の最終土・日曜に行われます。祭の由来は江戸時代までさかのぼります。1673(寛文12)年に日野町で火災が発生。その際、風下の曲師町が類焼を免れたことから、人々は宇都宮二荒山神社のご加護と喜び、日野町と曲師町の子どもが踊りを奉納し、高張提灯を出したということです。重陽の節句に行うようになったことから、「菊水祭」と呼ばれるようになりました。
初日は、神官が杉の葉で穢れを祓う「杉の葉神事」が斎行され、2日目は黄色と白の菊が奉献されます。
2日とも、儀式後に御祭神は神輿に移られ、山車や屋台とともに宇都宮の町を巡行します。また境内では流鏑馬が行われます。
冬渡祭(神輿渡御)
正月の終わりを告げる祭です。1月の「春渡祭」と同様、朝から境内で、正月飾りの焚き上げが行われます。夕刻には神輿が出御し町内を巡行。御旅所で斎行される「御旅所祭」では、宇都宮市指定文化財の田楽舞が舞われます。この記事を0人の方がいいねといっています
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