拝殿・本殿・御祭神・ご利益 | 宇都宮二荒山神社 - 神社ファン

有名度

関脇

宇都宮二荒山神社

うつのみやふたあらやまじんじゃ

栃木県宇都宮市馬場通り1-1-1

拝殿・本殿・御祭神・ご利益

更新日:2026年4月3日

拝殿

宇都宮二荒山神社の拝殿は、慶応4年(1868年)の戊辰戦争によって焼失した後、明治10年(1877年)に本殿とともに再建された社殿群の一部です。戦災を乗り越えて再建された近代の社殿として、現在まで伝えられています。
建築様式は入母屋造で、銅板葺、桁行3間、梁間2間の規模を持ち、参拝空間としての機能性と意匠性を兼ね備えた造りとなっています。本殿が神明造であるのに対し、拝殿は屋根に広がりを持つ構造で、伝統的な神社建築の形式を踏まえながら、明治期の再建に伴う特徴も見られます。
なお、江戸時代前期の1645年(正保2年)頃に建てられた旧拝殿の建築様式も引き継がれているとされ、当時の形式を伝える点でも価値が認められています。
これらの歴史的・建築的価値により、本殿・拝殿・神門・神楽殿などの社殿群は一体として評価され、2019年(平成31年)に栃木県有形文化財に指定されています。
宇都宮二荒山神社 拝殿

本殿

本殿は、桁行3間、梁間2間の規模を持つ神明造の建物で、伊勢神宮に倣った簡素で直線的な構造を特徴としています。
二荒山神社は古くから藤原秀郷や源頼朝、徳川家康などの武将の崇敬を受け、多くの寄進によって支えられてきました。1605年(慶長10年)には徳川家康によって社殿が造営されましたが、その後火災で焼失し、1844年(弘化元年)に再建されます。しかし、1868年(慶応4年)の戊辰戦争により再び焼失し、現在の本殿は明治時代初期から大正時代にかけて再建されたものです。
宇都宮二荒山神社 本殿
本殿内には、1605年(慶長10年)に徳川家康が寄進したと伝わる4個の勾欄擬宝珠が残されています。これらは唐金製で、「慶長十季乙己七月吉日征夷大将軍源家康御建立」と刻まれており、当時の歴史を伝える貴重な遺物です。通常は一般参拝では見ることはできませんが、ご祈祷で昇殿した際に拝観することができ、社務所にはレプリカが展示されています。
宇都宮二荒山神社 勾欄擬宝珠のレプリカ
こうした歴史的・建築的価値が評価され、本殿は拝殿や神門、神楽殿などとともに社殿群として一体的に扱われ、2019年(平成31年)に栃木県有形文化財に指定されています。

御祭神・ご利益

御祭神は豊城入彦命(とよきいりひこのみこと)です。第十代崇神天皇の第一皇子で、現・栃木県南部と群馬県であった毛野国を開拓した神様です。
相殿として、国土開拓の神である大物主命(おおものぬしのみこと/大黒様)と事代主命(ことしろぬしのみこと/恵比寿様)をお祀りしています。
勝運や厄除、開運、商売繁盛など、幅広いご利益をいただけます。また境内には多くの末社が鎮座しており、安産・学問など、それぞれのご利益をいただけます。
宇都宮二荒山神社 拝殿と本殿

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