前田雀郎句碑・針霊碑・宰鳥(蕪村)句碑 | 宇都宮二荒山神社 - 神社ファン

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関脇

宇都宮二荒山神社

うつのみやふたあらやまじんじゃ

栃木県宇都宮市馬場通り1-1-1

前田雀郎句碑・針霊碑・宰鳥(蕪村)句碑

更新日:2026年6月18日

前田雀郎句碑

前田雀郎句碑は、神楽殿の隣に鎮座する文学碑で、宇都宮出身の川柳作家・前田雀郎の功績を顕彰するために建立されたものです。
碑には「夢の中 古里人は 老いもせず」の句が刻まれており、故郷への思いを詠んだ代表的な一句として知られています。
前田雀郎(本名・源一郎)は明治30年、宇都宮二荒山神社の眼下にあたる相生町の足袋商「前田屋」に生まれました。若くして川柳の道に入り、宇都宮市立商業学校卒業後に上京して講談社に入社、その後都新聞社に移り柳壇の選者として活躍しました。
古俳諧の研究にも力を注ぎ、「俳諧と川柳」「柳多留序文の研究」などの著作を刊行し、川柳のあり方を理論的に示した人物として知られています。昭和19年には戦火を避けて宇都宮に疎開し、県内で川柳の普及と指導に尽力しました。昭和27年には下野新聞に柳壇が設けられると選者となり、同年栃木県文化功労者に選ばれています。
その後再び上京し、昭和33年には「川柳探究」を刊行するなど全国的な川柳家として活動しましたが、昭和35年に62歳で没しました。
句碑は昭和40年8月に建立されたとされ、その功績を後世に伝える記念碑として現在も境内に残されています。
宇都宮二荒山神社 前田雀郎句碑
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針霊碑

宇都宮二荒山神社の針霊碑は、境内にある供養碑の一つで、石段途中の踊り場付近、菅原神社の隣に位置し、「筆塚」と並んで建立されています。
この針霊碑には、折れたり曲がったり、錆びて使えなくなった針が納められており、役目を終えた針への感謝と供養のために設けられたものです。古くから裁縫に携わる人々の信仰を集めてきました。
毎年2月には「針供養」が行われ、使い終えた針を持ち寄り、碑の前で感謝とねぎらいの祈りが捧げられます。供養の際には、硬い布ではなく豆腐など柔らかいものに針を刺して供えるのが特徴で、長年働いてきた針を労わる意味が込められています。
宇都宮二荒山神社 針霊碑

宰鳥(蕪村)句碑

宇都宮二荒山神社の宰鳥(蕪村)句碑は、社務所近くに鎮座する文学碑で、俳人・与謝蕪村の句が刻まれています。
碑には「鶏は羽に はつねをうつの 宮柱」の句が刻まれています。与謝蕪村は1743年(寛保3年)末に宇都宮を訪れ、翌年に初めて「宇都宮歳旦帖」を発行しました。この句は、二荒山神社の社頭で新年の夜明けを迎えた鶏が勢いよく羽ばたく姿に、俳諧師としての第一声をあげた喜びを詠んだものとされています。「はねをうつ」の「うつ」は宇都宮の「うつ」、「宮柱」には神社の「宮」が掛けられた表現となっています。
また、与謝蕪村は当時「宰鳥」の号を用いており、「宇都宮歳旦帖」において初めて「蕪村」の号を使用したことでも知られています。この句碑は、そうした俳諧の転機ともいえる時期を伝える資料としての価値も持っています。
宇都宮二荒山神社 宰鳥(蕪村)句碑

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