有名度
小結大宝八幡宮
たいほうはちまんぐう
茨城県下妻市大宝667番地
贈正四位下妻政泰忠死之地・忠魂碑
更新日:2026年2月11日
贈正四位下妻政泰忠死之地
御本殿の裏手に建つ碑は、1931年(昭和6年)に建立されました。この碑は「贈正四位下 妻政泰忠死之地」と刻まれ、下妻政泰の最期の地を伝えるものです。下妻政泰は南北朝時代における大宝城最後の城主で、南朝方の武将として戦いました。大宝城は東国における南朝の拠点の一つでしたが、長期戦による食料不足や城内の不和が重なり、ついに北朝・足利方の攻勢に耐えきれず落城します。政泰は1343年(興国4年/康永2年)に、この地で討死したと伝えられています。
現在、この碑が建つ場所は大宝八幡宮の境内にあたり、国指定史跡である大宝城跡の中核をなしています。碑は、南北朝の動乱に翻弄されながらも南朝に殉じた下妻政泰の忠節と、その最期を今に伝える史跡です。

忠魂碑
忠魂碑は、帝國在郷軍人會の大寶村分會により建立された記念碑です。建立年は1925年(大正14年)で、地域出身の戦没者を慰霊・顕彰する目的で建てられました。その後、戦後の時代を経て、1955年(昭和30年)に大寶地區遺族會によって改装が行われています。この改装は、建立主体が戦前の在郷軍人会から、戦没者遺族を中心とする組織へと移行したことを示すもので、忠魂碑の役割が戦前・戦中から戦後へと受け継がれてきた経緯を物語っています。

この記事を0人の方がいいねといっています
スポンサーリンク
大宝八幡宮の人気記事
-
授与品・絵馬・おみくじ・御朱印・御朱印帳この記事を0人が評価
-
随身門・狛犬・水舎この記事を0人が評価
-
拝殿・本殿・御祭神・ご利益この記事を0人が評価
