拝殿・本殿・御祭神・ご利益 | 大宝八幡宮 - 神社ファン

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大宝八幡宮

たいほうはちまんぐう

茨城県下妻市大宝667番地

拝殿・本殿・御祭神・ご利益

更新日:2026年2月16日

拝殿

大寶八幡宮の拝殿は、御本殿の前に建つ木造瓦葺きの社殿で、明治時代初期に建立されました。全体に重厚な造りを備え、拝殿としての格式を感じさせる佇まいとなっています。
拝殿
建立当初は瓦葺き屋根でしたが、後年になって銅葺きの廂が付加され、現在の外観となりました。軒先には金色の吊り灯籠が数多く下げられており、拝殿正面を華やかに彩っています。
拝殿軒先の金色の吊り灯籠

本殿

大寶八幡宮の御本殿は、三間社流造による社殿で、安土桃山時代の地方的建築の姿をよく伝える貴重な遺構です。現在の御本殿は、1577年(天正5年)に下妻城主・多賀谷尊経(重経)によって再建されました。この再建年代は、本殿回廊の高欄に付けられた擬宝珠や、再建時の棟札が残されていることから明らかになっています。
御本殿は、建ち上がりが高く、太い柱を用いた重厚な構えを見せる一方で、柱上の組物は小柄で複雑に組み合わされています。この対比のある構成は、桃山時代初期に地方で展開された社殿建築の特徴を示すものです。過度な装飾は用いられず、全体として落ち着いた佇まいを保っている点も、この御本殿の重要な見どころとなっています。
本殿
屋根は、再建当初は萱葺きでしたが、保存のため、1965年(昭和40年)に茅葺形銅板葺へと改められました。外観の形式を保ちながら、耐久性を高める改修が施されています。
こうした建築的価値と歴史的評価から、大寶八幡宮の御本殿は、1964年(昭和39年)に国の重要文化財に指定されました。戦国期から現在に至るまで信仰の中核として守られてきた社殿であり、安土桃山時代の地方社殿建築を知るうえで欠かすことのできない存在です。
本殿 横

御祭神・ご利益

御祭神は、第十五代応神(おうじん)天皇・誉田別命(ほんだわけのみこと)、第十四代仲哀(ちゅうあい)天皇・足仲彦命(たらしなかつひこのみこと)・仲哀天皇の皇后である神功(じんぐう)皇后・気長足姫命(おきながたらしひめのみこと)の3柱です。
八幡大神様である誉田別命は、在位中、治山治水から商工・漁業・学問・紡績など、さまざまな殖産興業の指導をおこなった神様です。また武道の神としても知られており、一切生業の守護神として崇敬を集めています。
拝殿 扁額
大宝の名の通り、財運招福・厄除・交通安全・事業繁栄・家内安全・安産など、幅広いご利益をいただけます。
御祭神が武道の神様であることから、平安時代には平将門や常陸平治氏、八幡太郎源義家、鎌倉時代には鎌倉幕府を開府した初代征夷大将軍・源頼朝、南北朝時代には下妻政泰、戦国時代には下妻城主多賀谷氏など名高い武将が参詣に訪れ、必勝・武運長久を祈願したといわれています。

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