神磯の鳥居 | 大洗磯前神社 - 神社ファン

有名度

関脇

大洗磯前神社

おおあらいいそさきじんじゃ

茨城県東茨城郡大洗町磯浜町6890番地

😞 🙁 😐 🙂 😄

神磯の鳥居

更新日:2026年10月20日

御祭神が降り立った岩礁に立つ鳥居

大洗磯前神社の東側、太平洋に面した海岸に、岩礁の上に立つ鳥居が見えます。御祭神が降臨したと伝わる神磯(かみいそ)に立つ「神磯の鳥居」です。大洗磯前神社を代表する絶景であり、神社だけでなく大洗町を象徴する風景として知られています。
神磯は、大洗磯前神社の始まりに直接つながる神聖な場所です。
平安時代の斉衡3年(856)12月29日、常陸国鹿島郡大洗の海岸に、大己貴命と少彦名命が降臨したと伝えられています。『日本文徳天皇実録』には、この日、海岸に新たに神が現れたことが記されています。
大洗磯前神社 神磯の鳥居

徳川光圀も眺めた神磯

神磯は古くから大洗を代表する景勝地としても知られてきました。
江戸時代前期、水戸藩第2代藩主の徳川光圀は大洗磯前神社を崇敬し、戦国時代の兵火によって荒廃していた神社の再興にも力を尽くしました。
その光圀が神磯の景観を詠んだ歌が現在まで伝えられています。

「あらいその岩にくだけて散る月を
一つになしてかへる浪かな」

岩に砕けて散った波に映る月の光が、引いていく波のなかで再び一つになる様子を詠んだ歌です。
現在は鳥居と日の出を組み合わせた風景がよく知られていますが、光圀が詠んだのは月と波がつくり出す神磯の景観でした。現在とは異なる時間帯の神磯の美しさが、江戸時代の歌に残されています。
神磯の岩礁にいつから鳥居が建てられていたのか、正確な年代は分かっていません。しかし江戸時代の絵図にはすでに岩礁の鳥居が描かれており、古くからこの場所に鳥居があったことが分かります。
海の中に立つ鳥居は荒波によってたびたび被害を受け、失われた時期もありました。現在の神磯の鳥居は1959年(昭和34年)に再建されたものです。
大洗磯前神社 神磯の鳥居全体
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日の出と鳥居を望む絶景・撮影スポット

神磯の鳥居は、日の出の名所としても知られています。
大洗の海岸は東の太平洋に面しているため、水平線から昇る朝日と神磯の鳥居を一緒に眺めることができます。元日には初日の出を拝もうと多くの人が訪れ、神職が海岸に降りて「初日の出奉拝式」を行います。
元日以外でも、日の出の時間帯には季節を問わず多くの写真愛好家が訪れます。波しぶきが上がる岩礁、その上に立つ鳥居、水平線から昇る朝日を一枚に収められることから、大洗を代表する絶景撮影スポットとなっています。
鳥居と朝日を重ねるように撮影したい場合は、日の出の位置にも注意が必要です。太陽が昇る位置は季節によって大きく移動します。
大洗では冬至に近づくにつれて日の出の位置が南寄りになり、神磯の鳥居と朝日を一緒に収めやすくなります。反対に夏至の頃は日の出が北寄りになるため、同じ撮影場所からでは鳥居と太陽の位置が大きく離れます。
そのため、神磯の鳥居と朝日を組み合わせた写真を狙うなら、冬至前後から冬の時期がおすすめです。撮影する位置によって鳥居と太陽の重なり方は変わるため、現地で海岸沿いを移動しながら構図を調整するとよいでしょう。
なお、神磯の鳥居の写真は、海と太陽を背景にしているため夕日の風景と間違われることがあります。しかし、神磯が面しているのは東の太平洋です。鳥居の向こうの水平線から昇ってくる太陽を撮影した写真は、夕日ではなく朝日の風景です。
大洗磯前神社 神磯の鳥居 夕日
神磯の鳥居は、美しい海上鳥居というだけではありません。大己貴命と少彦名命が降臨したと伝わる大洗磯前神社発祥の地であり、徳川光圀が歌を残し、江戸時代の絵図にも鳥居が描かれ、現在も禁足地として守られている場所です。
日の出を撮影する場合も、鳥居の先にある岩礁そのものが神聖な「神磯」であることを知って眺めると、この景色の印象も大きく変わるのではないでしょうか。

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