有名度
関脇大洗磯前神社
おおあらいいそさきじんじゃ
茨城県東茨城郡大洗町磯浜町6890番地
末社併合奉斎殿(東殿)
更新日:2026年10月20日
境内の末社をまとめて祀る東の社
本殿の右手に建つのが、末社併合奉斎殿の東殿です。境内の各所に祀られていた末社を東西の社にあわせてお祀りしたもので、銅板葺きの横長の社殿に三つの社が並びます。社殿の手前には石の鳥居が立ち、その左右には石灯籠が据えられています。扉の上の扁額には、向かって左から大神宮、静神社、水天宮と記されています。大洗磯前神社に残る明治20年(1887)頃の境内図を見ると、かつて末社は現在のように一か所へまとめられておらず、境内の各所に点在していました。現在は東殿に大神宮・静神社・水天宮、西殿に大杉神社・水神社・八幡宮の計六社が祀られています。
三社はいずれも由来の異なる神社です。大神宮は伊勢信仰、静神社は常陸国の古社である静神社、水天宮は安産や子授けで知られる水天宮信仰につながっています。一つの社殿に性格の異なる三つの信仰が並んでいるのが東殿の特徴です。
東殿の三社も現在まで祭祀が受け継がれており、毎年4月28日には末社併合奉斎殿例祭として、大神宮祭・静神社祭・水天宮祭が行われています。

大神宮
大神宮の御祭神は天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)です。天照皇大神は伊勢神宮の内宮に祀られる神で、皇室の祖神とされています。太陽にもたとえられる神で、日本神話では高天原を治める中心的な神として登場します。
『古事記』『日本書紀』で特によく知られているのが天岩戸の神話です。弟の須佐之男命の行いを受けて天照大神が天岩戸へ隠れると、世界は暗闇に包まれ、さまざまな災いが起こりました。八百万の神々が知恵を出し合って天照大神を岩戸の外へ導くと、再び世界に光が戻ったと伝えられています。
伊勢神宮を中心とする天照皇大神への信仰は全国へ広がり、各地に「大神宮」「神明社」「天祖神社」などの名で祀られてきました。大洗磯前神社の境内にも大神宮が末社として祀られ、現在は東殿の一社として鎮まっています。

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静神社
静神社は、茨城県那珂市に鎮座する常陸国二宮・静神社につながる末社です。御祭神は建葉槌命(たけはづちのみこと)、手力雄命(たぢからおのみこと)、高皇産霊尊(たかみむすびのみこと)、思兼神(おもいかねのかみ)の四柱です。
中心となる建葉槌命は、常陸国と深い関係を持つ神です。『日本書紀』の国譲り神話では、最後まで服従しなかった星の神・香香背男を平定した神として登場します。
一方、静神社が鎮座する地域は古くから織物との関係が深く、建葉槌命も機織りの神として信仰されてきました。『常陸国風土記』には、この地方で織られた織物が朝廷へ献上されたことが記されており、「静織」と呼ばれる織物の伝統が静神社の信仰と結びついています。
手力雄命は、天岩戸の神話で活躍する力の神です。天照大神が岩戸から姿を現した際、その手を取って岩戸の外へ導いた神として知られ、力や開運に関わる神として信仰されています。
高皇産霊尊は、天地開闢の際に現れた神の一柱です。「産霊」は万物を生み育てる霊妙な力を表す言葉とされ、生成や発展に関わる神格を持っています。天孫降臨をはじめとする神話でも重要な役割を果たします。
思兼神は知恵を司る神です。天照大神が天岩戸へ隠れた際には、岩戸から天照大神を導き出すための方法を考えました。国譲りでは葦原中国へ派遣する神の選定に関わり、天孫降臨では邇々芸命に従う神の一柱として登場します。
常陸国二宮につながる神社が、大洗磯前神社の境内に末社として祀られている点も注目したいところです。大洗磯前神社は古代から常陸国を代表する神社の一つであり、東殿では同じ常陸国の古社につながる信仰を見ることができます。

水天宮
水天宮は、安産や子授けの神として広く信仰されてきた神社です。大洗磯前神社の水天宮には、天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)、二位の尼(にいのあま)、建礼門院(けんれいもんいん)、安徳天皇(あんとくてんのう)が祀られています。
天御中主神は『古事記』の冒頭に登場し、天地が初めて開けた際、高天原に最初に現れた神とされています。姿を現すことなく身を隠した「独神」の一柱で、天地の根源に関わる神として信仰されています。
二位の尼は平清盛の正室・平時子です。平清盛との間に宗盛や建礼門院徳子らをもうけ、娘の徳子が高倉天皇の中宮となったことで、安徳天皇の祖母となりました。平家が源氏との戦いに敗れていくなか、幼い安徳天皇とともに西国へ落ち延び、壇ノ浦の戦いで安徳天皇を抱いて海へ身を投じたと伝えられています。
建礼門院は平清盛と二位の尼の娘・平徳子です。高倉天皇の中宮となり、安徳天皇を産みました。壇ノ浦の戦いでは入水したものの助けられ、その後は出家して京都・大原の寂光院で平家一門と安徳天皇の菩提を弔ったことで知られています。
安徳天皇は第81代天皇です。平清盛の外孫にあたり、幼くして即位しました。源平合戦の末、寿永4年(1185)の壇ノ浦の戦いで平家が敗れると、数え8歳で祖母の二位の尼に抱かれて入水したと伝えられています。
水天宮の総本宮として知られる福岡県久留米市の水天宮では、天御中主神・安徳天皇・高倉平中宮・二位の尼を祀っています。「高倉平中宮」は建礼門院平徳子を指すため、大洗磯前神社の水天宮に祀られる四柱も、水天宮信仰の中心となる神々と同じ構成です。
水天宮は水との深い関係を持つ一方、現在では特に安産や子授けの神として広く知られています。幼い安徳天皇と母・建礼門院、祖母・二位の尼という親子三代を含む祭神構成も、水天宮の信仰を知るうえで興味深いところです。

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