本殿 | 大洗磯前神社 - 神社ファン

有名度

関脇

大洗磯前神社

おおあらいいそさきじんじゃ

茨城県東茨城郡大洗町磯浜町6890番地

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本殿

更新日:2026年10月20日

今では珍しい茅葺屋根の社殿

拝殿の横に延びる道を進むと、塀越しに本殿が見えてきます。正面からはその姿を望めませんが、左横、後ろ、右横と回り込めるので、三方向から眺められます。
本殿で特に目を引くのが、大きくせり出した屋根でしょう。一間社流造の建物に、今では目にする機会の少ない茅葺の屋根がかけられています。分厚く積まれた茅が四方に張り出し、軒先へ向かって深く垂れ下がる形です。屋根の上には千木と鰹木が載り、その下には彩色を施した彫刻が並びます。
大洗磯前神社 本殿 横
朱色を基調とする拝殿とは印象が異なり、本殿は大きく張り出した茅葺屋根の存在感が際立っています。落ち着いた茅の色に対し、彫刻部分には鮮やかな彩色が施されているのも特徴です。塀越しではありますが、見る角度を変えながら江戸時代の社殿建築をじっくり眺めることができます。
社殿は永禄年間(1558~1570)の兵乱で焼失しました。その後、元禄3年(1690)に水戸藩2代藩主・徳川光圀の命によって造営が始まり、3代藩主・徳川綱條の代へと事業が引き継がれました。享保15年(1730)に本殿・拝殿・随神門が完成し、大洗磯前神社は再興を果たしました。
大洗磯前神社 本殿の彫刻
本殿と拝殿は、1970年(昭和45年)9月28日に茨城県の有形文化財に指定されています。本殿は元禄期の建築とされ、戦国時代の兵乱によって失われた古社を水戸藩が再興した歴史を現在に伝える貴重な建物です。
本殿を見る際には、社殿だけでなく周囲を囲む塀にも注目です。塀の下部に積まれた石をよく見ると、表面に細かな網目模様が刻まれています。江戸時代初期の石工による仕事で、遠くから本殿を眺めるだけでは気づきにくい見どころです。
正面から見ることのできない本殿だからこそ、拝殿だけで参拝を終えず、横から後方へ回り込んでみるのがおすすめです。見る位置を変えると、厚みのある茅葺屋根の形や彩色彫刻、塀に施された網目模様などが少しずつ違った角度から見えてきます。
大洗磯前神社 本殿 後ろ
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御祭神

大洗磯前神社の御祭神は、大己貴命(おおなむちのみこと)と少彦名命(すくなひこなのみこと)の二柱です。大己貴命は、出雲大社に祀られる大国主神の別名のひとつとされ、「だいこく様」の呼び名でも親しまれてきました。少彦名命も「恵比寿様」として親しまれ、二神は古くから福徳や医薬に関わる神として信仰されています。
『日本書紀』によれば、二神は力を合わせて国造りを進め、人々や家畜の病気を治す方法や、災いを除くための法を定めたと伝わります。日本の国の礎を築いただけでなく、人々の暮らしや医薬にも深く関わった神々です。
大己貴命が登場する神話のうち、よく知られているのが「因幡の白兎」です。鰐に皮をはがされて苦しんでいた白兎に、真水で体を洗って蒲の穂の上に転がるよう助言し、傷を治したと語られます。苦しむ者を救う慈悲深い神としての姿が描かれた神話です。
少彦名命は、神話では大己貴命と行動をともにする場面が多く、温泉を開き、医療の方法を定めた神として語られています。その姿は大己貴命の手のひらに収まるほど小さかったとされ、一寸法師のモデルともいわれています。
大己貴命と少彦名命は、家内安全、商売繁盛、福徳円満、良縁成就、開運厄除、酒造、病気治療など、さまざまなご利益をもたらす神として篤く信仰されてきました。
大洗磯前神社 大己貴命と少彦名命

ご利益

大洗磯前神社は古くから、病を癒やす医薬の神として篤く信仰されてきました。
創建を記した『日本文徳天皇実録』によれば、斉衡3年(856)12月29日、大洗の海岸に大己貴命と少彦名命が降臨しました。二神は、かつてこの国を造って東の海へ去ったものの、人々の難儀を救うため再び帰ってきたと告げたと伝えられています。
御祭神が降臨した時代は、天然痘が流行し、飢饉が起こるなど人々が大きな苦難に見舞われた時代でした。特に御祭神が降臨する3年前には流行病が猛威を振るい、多くの死者が出たとされています。
薬も医者も十分ではなかった時代に医薬の神が降臨したのは、同じ災難が繰り返されないようにという人々の願いを受けてのことと考えられています。
翌天安元年(857)には官社に列せられ、「大洗磯前薬師菩薩明神」の神号を賜りました。神仏習合の時代には薬師菩薩とも結びつきながら、病を癒やす神として信仰されていたことがうかがえます。
医薬の神としての信仰は境内にも残されていました。かつて境内には、湧き出る水が眼病に効くと伝えられた「目さらしの井」があり、明治時代まで利用されていました。その場所では現在も水が湧いています。
大洗磯前神社 湧き出る水
さらに神社前の海岸では、江戸時代から海水につかって病気の治癒を願う「潮湯治」が行われていました。御祭神のご利益を求めて多くの人々が大洗を訪れ、明治時代中頃になると東京方面から訪れる人も増加。神磯の前には旅館が立ち並ぶようになりました。
現在は海水浴や観光で知られる大洗の海岸ですが、かつては医薬の神を祀る大洗磯前神社への信仰と結びついた療養の地でもありました。
現在も病気平癒をはじめ、家内安全、商売繁盛、福徳円満、良縁成就、開運厄除、酒造など、さまざまな願いを込めて参拝する人が訪れています。
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対の宮と呼ばれる酒列磯前神社

大洗磯前神社から車で約20分ほど離れた、ひたちなか市磯崎町には酒列磯前神社(さかつらいそさきじんじゃ)が鎮座します。大洗磯前神社と同じく平安時代のはじめに創建された古社で、両社は創建の由緒から深く結びついています。
酒列磯前神社 拝殿
酒列磯前神社の創建も、大洗磯前神社と同じ大己貴命と少彦名命の降臨に由来します。二神が東の海から戻り、人々を救うために再び現れたという託宣を受け、大洗と酒列の二つの磯前神社が同じ時期に創建されたと伝えられています。
大洗磯前神社では大己貴命を主祭神として少彦名命を配祀し、酒列磯前神社では少彦名命を主祭神として大己貴命を配祀しています。同じ二柱の神を、それぞれ主祭神を入れ替える形で祀っている関係です。
起源も御祭神も深く結びついていることから、両社は兄弟神社、あるいは「対の宮」と呼ばれてきました。二社で一つともいえる関係にあり、現在も大洗磯前神社と酒列磯前神社をあわせて参拝する「二社参り」が行われています。
大洗磯前神社だけを参拝して終えるのではなく、時間に余裕があれば酒列磯前神社まで足を延ばしてみるのもおすすめです。大己貴命と少彦名命をそれぞれ主祭神として祀る二社を巡ることで、この地域に古くから受け継がれてきた磯前信仰をより深く感じることができます。

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