多田野本神社 - 神社ファン

有名度

前頭

多田野本神社

ただのもとじんじゃ

福島県郡山市逢瀬町多田野字宮南66

福島県郡山市逢瀬町多田野字宮南66

拝殿

Sugikats(wikipedia CC 表示-継承 4.0)

かんたんご利益

  • 勝負
多田野本神社には

「勝負系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

武運長久

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

愛宕・秋葉系」 「鎌倉景正系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

多田野本神社は福島県郡山市に鎮座する神社。御祭神は火之夜芸速男神、鎌倉権五郎景政公の2柱をまつる。
社格は旧村社。
創建年代は明らかではないが、起源は物見ケ岳に火の神を祀ったことに端を発すると伝えられる。その後、山中から現在地(多田野字宮南)へと遷座されたとされる。1143年(康治2年)、源義家の家臣であった鎌倉権五郎景正が、当地に住む盗賊や大蛇を退治し村民を救った功績に報いて、村人たちは景正公およびその一族を共に祀り、以降「ごろうのみや様」として信仰されるようになった。やがて武運長久をもたらす神としての信仰が根づき、太平洋戦争前には、この神社で祈願した村の出征兵が誰一人として死傷せず全員無事に帰還したとの伝承もある。さらに、景正公が当地の災害を防ぐために、山中の霊石に神霊を移して五穀豊穣を祈願したとの伝説があり、これが「御霊櫃峠」伝承と深く繋がっている。以来、明治期以降、毎年6月には関係者が峠にある風神社、雨神社に参詣する伝統行事が続けられている。
この神社を舞台とする地域無形民俗文化財として「多田野の鍬柄舞・田植踊」が伝承されている。江戸時代・元禄期に由来し、文化・文政期に復興、さらに昭和40年代に再び地域保存会によって復活された祭りである。
  • 村社
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神社詳細

摂末社・境内社

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例祭

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文化財

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建築

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神紋

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%9A%E7%94%B0%E9%87%8E%E6%9C%AC%E7%A5%9E%E7%A4%BE
福島県神社庁
https://fukushima-jinjacho.or.jp/