有名度
十両皇大神社
こうたいじんじゃ
山形県米沢市中央2-1-12
山形県米沢市中央2-1-12

かんたんご利益
- 仕事
皇大神社には
「仕事系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
国家隆昌 生命力向上 五穀豊穣
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「伊勢・神明系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
皇大神社は山形県米沢市に鎮座する神社。御祭神は天照皇大神の1柱をまつる。
社格は旧郷社。
弘治3年(1557)、上杉謙信の家臣・安田上総介が伊勢神宮から分霊を受け、越後国魚沼郡堀之内に神明社を建立したことに始まる。その後、上杉景勝の会津、さらに米沢への移封に伴って遷座し、米沢城東の福田村に奉斎された。上杉家から社領五十石を与えられ、祈願所として篤い崇敬を受けた。享保4年(1719)には立町の現在地へ遷座した。明治5年(1872)に村社へ列し、明治12年(1879)9月には郷社へ昇格した。大正6年(1917)の米沢大火では本殿をはじめとする社殿を焼失したが、翌大正7年(1918)7月、氏子や崇敬者から寄せられた寄付によって再建された。その後も境内の整備が重ねられ、昭和4年(1929)、昭和24年(1949)、昭和40年代、昭和54年(1979)、平成元年(1989)の遷宮に合わせて、社殿や鳥居をはじめ境内各所の整備が行われた。越後での創建以来、上杉家とともに会津、米沢へと遷座しながら信仰を受け継ぎ、度重なる整備を経て現在に至っている。
社格は旧郷社。
弘治3年(1557)、上杉謙信の家臣・安田上総介が伊勢神宮から分霊を受け、越後国魚沼郡堀之内に神明社を建立したことに始まる。その後、上杉景勝の会津、さらに米沢への移封に伴って遷座し、米沢城東の福田村に奉斎された。上杉家から社領五十石を与えられ、祈願所として篤い崇敬を受けた。享保4年(1719)には立町の現在地へ遷座した。明治5年(1872)に村社へ列し、明治12年(1879)9月には郷社へ昇格した。大正6年(1917)の米沢大火では本殿をはじめとする社殿を焼失したが、翌大正7年(1918)7月、氏子や崇敬者から寄せられた寄付によって再建された。その後も境内の整備が重ねられ、昭和4年(1929)、昭和24年(1949)、昭和40年代、昭和54年(1979)、平成元年(1989)の遷宮に合わせて、社殿や鳥居をはじめ境内各所の整備が行われた。越後での創建以来、上杉家とともに会津、米沢へと遷座しながら信仰を受け継ぎ、度重なる整備を経て現在に至っている。
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神社詳細
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出典
山形県神社庁
https://yamagata-jinjyacho.or.jp/
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