有名度
十両御前神社
ごぜんじんじゃ
山形県北村山郡大石田町大字豊田字五畝畑1743
山形県北村山郡大石田町大字豊田字五畝畑1743

かんたんご利益
御祭神
神社系統
主な系統
不明(柱)
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
八幡神社は山形県西村山郡大江町に鎮座する神社。御祭神は應神天皇の1柱をまつる。
社格は旧郷社。
井出の八幡神社は、永正7年(1510)、大石田の井出楯主・太田左仲が石清水八幡宮を勧請し、氏神としてまつったことに始まると伝えられる。寛保年間(1741~1744)頃に現在地へ遷宮され、その後は井出の産土神として崇敬を集めた。明治6年(1873)には郷社に列せられた。
境内には、大石田の市神と伝えられる自然石の丸石をはじめ、複数の石仏や石造物が残されている。このうち板碑は町重要文化財に指定されており、鎌倉時代末期から南北朝時代、あるいは室町時代のものと推定される。大石田町に現存する板碑のなかでは最も古いもので、凝灰岩製の額下には、蓮華台座の上に金剛界大日如来を表す梵字が刻まれている。もとは小川に架かる石橋として使われていたが、安永6年(1777)に石塔として道端に立て直されたとの記録が残る。現在地へ移されたのは明治期頃と考えられている。
拝殿には、寛保3年(1743)に高桑惣左衛門父子が奉納した絵馬が残されている。鍬に鷹がとまった図柄で、鍬と鷹によって奉納者の高桑を表した判じ絵となっている。
社格は旧郷社。
井出の八幡神社は、永正7年(1510)、大石田の井出楯主・太田左仲が石清水八幡宮を勧請し、氏神としてまつったことに始まると伝えられる。寛保年間(1741~1744)頃に現在地へ遷宮され、その後は井出の産土神として崇敬を集めた。明治6年(1873)には郷社に列せられた。
境内には、大石田の市神と伝えられる自然石の丸石をはじめ、複数の石仏や石造物が残されている。このうち板碑は町重要文化財に指定されており、鎌倉時代末期から南北朝時代、あるいは室町時代のものと推定される。大石田町に現存する板碑のなかでは最も古いもので、凝灰岩製の額下には、蓮華台座の上に金剛界大日如来を表す梵字が刻まれている。もとは小川に架かる石橋として使われていたが、安永6年(1777)に石塔として道端に立て直されたとの記録が残る。現在地へ移されたのは明治期頃と考えられている。
拝殿には、寛保3年(1743)に高桑惣左衛門父子が奉納した絵馬が残されている。鍬に鷹がとまった図柄で、鍬と鷹によって奉納者の高桑を表した判じ絵となっている。
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神社詳細
格式
郷社
摂末社・境内社
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文化財
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建築
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神紋
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出典
山形県神社庁
https://yamagata-jinjyacho.or.jp/
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