有名度
前頭金山神社
かなやまじんじゃ
秋田県湯沢市上院内銀山町字上本町40
秋田県湯沢市上院内銀山町字上本町40

かんたんご利益
- 仕事
- 金運
金山神社には
「仕事系」「金運系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
金属製品の守護 金運上昇
御祭神
金山彦大神 かなやまひこのおおかみ
金山姫大神 かなやまひめのおおかみ
神社系統
この神社の主な系統は
「金山系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
金山神社は秋田県湯沢市に鎮座する神社。御祭神は金山彦大神、金山姫大神の2柱をまつる。
社格は旧郷社。
院内銀山は慶長11年(1606)、村山宗兵衛らによって発見されたと伝えられ、翌年から秋田藩による採掘が始まった。金山神社も銀山発見と同じ時期に創建されたと伝えられ、慶長14年(1609)には山神社が建立されたとの記録が残る。
宝暦10年(1760)には現在地に社地が定められたと伝えられる。江戸時代には院内銀山の守護神として、鉱山で働く人々から崇敬を受けた。
文政年間(1818~1830)後半には院内銀山の産銀量が増加し、文政13年(1830)4月、佐竹藩によって金山神社の社殿が再建された。再建された社殿は、当時この地域では見られないほど大規模で豪壮なものであったと伝えられている。
天保4年(1833)から11年間、院内銀山は年間1000貫を超える産銀量を記録した。天保5年(1834)10月、秋田藩10代藩主佐竹義厚は金山神社に五本骨扇紋付水引幕を奉納した。藍地に銀糸を用い、昇り龍と降り龍、佐竹宗家の五本骨扇紋、向かい合う2匹の龍が表されている。
佐竹義厚からは金燈篭一対も奉納された。台座には天保3年(1832)12月、羽州秋田八橋村で江戸御鋳物師の土橋兵部藤清定が製作したことを記す銘があり、『門屋養安日記』には天保6年(1835)6月10日の奉納が記録されている。
安政7年(1860)6月には現在の本殿が建立された。本殿は総欅造り、総漆塗りの社殿である。
明治維新後、院内銀山は明治政府の管轄となった。明治14年(1881)9月21日、東北巡幸中の明治天皇が院内銀山を訪れ、五番坑に入坑した。五番坑はその後「御幸坑」と呼ばれ、金山神社の例祭日も御臨幸の日にあたる9月21日となった。
院内銀山は昭和29年(1954)に閉山した。旧院内銀山跡は昭和48年(1973)12月11日に秋田県指定史跡となり、指定地域には金山神社の境内も含まれている。昭和52年(1977)には院内銀山史跡保存顕彰会によって拝殿が復旧された。
金山神社が所有する五本骨扇紋付水引幕3枚と金燈篭2基は、昭和59年(1984)3月13日に湯沢市指定有形文化財に指定された。金燈篭は総高229cmで、笠には佐竹宗家の五本骨扇紋が付されている。
例祭日は9月21日である。かつて大祭は6月12日に行われ、飾り山や芝居、銀山おどり、相撲などが催された。現在は9月21日に「院内銀山まつり」が開催され、金山神社に銀山おどりや恵比須俵が奉納される。
社格は旧郷社。
院内銀山は慶長11年(1606)、村山宗兵衛らによって発見されたと伝えられ、翌年から秋田藩による採掘が始まった。金山神社も銀山発見と同じ時期に創建されたと伝えられ、慶長14年(1609)には山神社が建立されたとの記録が残る。
宝暦10年(1760)には現在地に社地が定められたと伝えられる。江戸時代には院内銀山の守護神として、鉱山で働く人々から崇敬を受けた。
文政年間(1818~1830)後半には院内銀山の産銀量が増加し、文政13年(1830)4月、佐竹藩によって金山神社の社殿が再建された。再建された社殿は、当時この地域では見られないほど大規模で豪壮なものであったと伝えられている。
天保4年(1833)から11年間、院内銀山は年間1000貫を超える産銀量を記録した。天保5年(1834)10月、秋田藩10代藩主佐竹義厚は金山神社に五本骨扇紋付水引幕を奉納した。藍地に銀糸を用い、昇り龍と降り龍、佐竹宗家の五本骨扇紋、向かい合う2匹の龍が表されている。
佐竹義厚からは金燈篭一対も奉納された。台座には天保3年(1832)12月、羽州秋田八橋村で江戸御鋳物師の土橋兵部藤清定が製作したことを記す銘があり、『門屋養安日記』には天保6年(1835)6月10日の奉納が記録されている。
安政7年(1860)6月には現在の本殿が建立された。本殿は総欅造り、総漆塗りの社殿である。
明治維新後、院内銀山は明治政府の管轄となった。明治14年(1881)9月21日、東北巡幸中の明治天皇が院内銀山を訪れ、五番坑に入坑した。五番坑はその後「御幸坑」と呼ばれ、金山神社の例祭日も御臨幸の日にあたる9月21日となった。
院内銀山は昭和29年(1954)に閉山した。旧院内銀山跡は昭和48年(1973)12月11日に秋田県指定史跡となり、指定地域には金山神社の境内も含まれている。昭和52年(1977)には院内銀山史跡保存顕彰会によって拝殿が復旧された。
金山神社が所有する五本骨扇紋付水引幕3枚と金燈篭2基は、昭和59年(1984)3月13日に湯沢市指定有形文化財に指定された。金燈篭は総高229cmで、笠には佐竹宗家の五本骨扇紋が付されている。
例祭日は9月21日である。かつて大祭は6月12日に行われ、飾り山や芝居、銀山おどり、相撲などが催された。現在は9月21日に「院内銀山まつり」が開催され、金山神社に銀山おどりや恵比須俵が奉納される。
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出典
秋田県神社庁
https://akita-jinjacho.sakura.ne.jp/
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