有名度
十両保呂羽神社
ほろはじんじゃ
宮城県本吉郡南三陸町志津川字上保呂毛122-1
宮城県本吉郡南三陸町志津川字上保呂毛122-1

かんたんご利益
- 子供
保呂羽神社には
「子供系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
子育て
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「稲荷系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
保呂羽神社は宮城県南三陸町に鎮座する神社。御祭神は保食神の1柱をまつる。
標高329メートルの保呂羽山に鎮座し、同山は本吉山とも称される。大宝年間(701~704)に役行者が山を開いたとの伝承があり、康平年間(1058~1065)には、前九年の役に臨んだ源義家が堂宇を再建したと伝えられる。文治2年(1186)には、本吉郡を領した本吉四郎高衡が再び堂宇を造営し、修験の中将院を別当に任じて祭祀を担わせた。
戦国期には千葉大膳大夫重次が保呂羽山を拠点としたが、天正年間(1573~1592)に改易された。永禄2年(1559)には祐永法印によって社殿が復興され、信仰が受け継がれた。明治初年の神仏分離に伴って権現号を廃し、保呂羽神社と改称した。例祭日は4月26日である。
標高329メートルの保呂羽山に鎮座し、同山は本吉山とも称される。大宝年間(701~704)に役行者が山を開いたとの伝承があり、康平年間(1058~1065)には、前九年の役に臨んだ源義家が堂宇を再建したと伝えられる。文治2年(1186)には、本吉郡を領した本吉四郎高衡が再び堂宇を造営し、修験の中将院を別当に任じて祭祀を担わせた。
戦国期には千葉大膳大夫重次が保呂羽山を拠点としたが、天正年間(1573~1592)に改易された。永禄2年(1559)には祐永法印によって社殿が復興され、信仰が受け継がれた。明治初年の神仏分離に伴って権現号を廃し、保呂羽神社と改称した。例祭日は4月26日である。
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出典
宮城県神社庁
https://miyagi-jinjacho.or.jp/
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