須賀神社 宮城県東松島市矢本字河戸 - 神社ファン

有名度

前頭

須賀神社

すがじんじゃ

宮城県東松島市矢本字河戸1

😞 🙁 😐 🙂 😄

宮城県東松島市矢本字河戸1

かんたんご利益

  • 健康
  • 仕事
  • 厄除
須賀神社には

「健康系」「仕事系」「厄除・開運系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

災難除け 疫病除け 五穀豊穣

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

祇園・須佐系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

須賀神社は宮城県東松島市に鎮座する神社。御祭神は素戔嗚尊、櫛稲田姫命の2柱をまつる。
社格は旧村社。
文治5年(1189)、鎌倉権五郎影政の孫とされる長江太郎義景が、源頼朝から深谷庄を与えられて矢本城主となった際、京都の祇園社から御神体を遷して祀ったと伝えられる。当初は祇園社と称し、これが現在の須賀神社の創祀とされている。長江太郎義景は深谷庄を領有し、矢本を拠点としてこの地を治めたと伝えられている。
江戸時代の天保3年(1832)には、大江要七済俊が境内に鐘楼を奉納した。鐘楼は神仏分離に伴って一度撤去されたが、その後再建された。境内に置かれていた鐘は太平洋戦争中に供出され、現在は鐘楼が残されている。
萬延元年(1860)には雷神社が建立された。
明治5年(1872)、神仏分離に伴い、それまでの祇園社から須賀神社へ改称した。同年には社殿が再建され、森山喜八郎が棟梁、加賀栄七が副棟梁を務めた。
明治39年(1906)、須賀神社は村社に指定された。明治42年(1909)には、萬延元年(1860)に建立された雷神社が須賀神社へ合祀された。境内にはこのほか佐久良神社も祀られている。
現在の境内には、明治5年(1872)に再建された社殿と、天保3年(1832)に大江要七済俊が奉納した鐘楼が残る。鐘楼の鐘は太平洋戦争中に供出されたため現存していない。境内社には佐久良神社があり、明治42年(1909)に合祀された雷神社も祀られている。
須賀神社の例祭日は4月15日である。神社はJR仙石線矢本駅から徒歩約3分の場所に鎮座する。
  • 村社
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出典
宮城県神社庁
https://miyagi-jinjacho.or.jp/