五十瀬神社 登米市 - 神社ファン

有名度

十両

五十瀬神社

いそせじんじゃ

宮城県登米市石越町南郷字高森322-1

😞 🙁 😐 🙂 😄

宮城県登米市石越町南郷字高森322-1

かんたんご利益

  • 仕事
五十瀬神社には

「仕事系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

国家隆昌 生命力向上 五穀豊穣

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

伊勢・神明系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

五十瀬神社は宮城県登米市に鎮座する神社。御祭神は天照皇大神の1柱をまつる。
社格は旧村社。
和銅2年(709)、東征する巨勢麻呂に従って当地へ来た近江国栗太郡の建部氏が、氏神である建部明神を塩瀬的場へ勧請したことに始まると伝えられる。その後、富塚信隆によって遠沢兵庫山へ遷座し、元和3年(1617)には富塚信勝と山谷縫殿源蔵が高森山を新たな社地に定め、社殿を造営した。
元禄16年(1703)には羽竜金兵衛が石段を奉納し、境内の整備が進められた。延享2年(1745)4月には山火事によって社殿を焼失したが、寛延2年(1749)3月、肝入を務めていた奈良井田新五左衛門が社殿を再建するとともに石鳥居を奉納し、神社を再興した。
明治6年(1873)には村社に列し、明治40年(1907)3月には神饌幣帛料供進社に指定された。こうして幾度かの遷座や火災による焼失、再建を経ながら祭祀が受け継がれ、現在に至っている。例祭日は9月16日である。
  • 村社
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出典
宮城県神社庁
https://miyagi-jinjacho.or.jp/