有名度
十両二和多利神社
にわたりじんじゃ
宮城県多賀城市笠神1-7-20
宮城県多賀城市笠神1-7-20

かんたんご利益
御祭神
神社系統
主な系統
不明(1柱)
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
二和多利神社は宮城県多賀城市に鎮座する神社。御祭神は武内宿祢の1柱をまつる。
社格は旧村社。
元応元年(1319)、村内の病門を守護する神として未申の方角に神霊を勧請し、二渡権現と称したことに始まる。以来、村の守護神として祭祀が受け継がれてきた。
明治37年(1904)5月には西沢の笠置神社を合祀し、明治41年(1908)3月には牛生の須賀神社を合祀した。同年12月には村社に列し、さらに明治42年(1909)4月には大代の柏木神社を配祀した。
昭和18年(1943)、鎮座地一帯が海軍工廠の建設用地となったため、神社は大代字中峰へ移転した。戦後になると氏子の間から各神社を旧地へ復帰させることを求める声が上がり、昭和36年(1961)5月には二和多利神社を笠神、柏木神社を大代、須賀神社を塩竈市牛生へそれぞれ復帰させることが認められた。これを受けて各社の社域が整備され、それぞれの神霊が旧地区へ奉還された。例祭は旧暦9月19日に行われる。
社格は旧村社。
元応元年(1319)、村内の病門を守護する神として未申の方角に神霊を勧請し、二渡権現と称したことに始まる。以来、村の守護神として祭祀が受け継がれてきた。
明治37年(1904)5月には西沢の笠置神社を合祀し、明治41年(1908)3月には牛生の須賀神社を合祀した。同年12月には村社に列し、さらに明治42年(1909)4月には大代の柏木神社を配祀した。
昭和18年(1943)、鎮座地一帯が海軍工廠の建設用地となったため、神社は大代字中峰へ移転した。戦後になると氏子の間から各神社を旧地へ復帰させることを求める声が上がり、昭和36年(1961)5月には二和多利神社を笠神、柏木神社を大代、須賀神社を塩竈市牛生へそれぞれ復帰させることが認められた。これを受けて各社の社域が整備され、それぞれの神霊が旧地区へ奉還された。例祭は旧暦9月19日に行われる。
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神社詳細
格式
村社
摂末社・境内社
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文化財
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建築
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神紋
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出典
宮城県神社庁
https://miyagi-jinjacho.or.jp/
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