有名度
小結大崎八幡宮
おおさきはちまんぐう
宮城県仙台市青葉区八幡4-6-1
石絵馬・殉國碑
更新日:2026年7月24日
境内に残る二つの記念碑
大崎八幡宮の境内には、地域の歴史や人々の記憶を伝える石絵馬と殉國碑があります。性格は異なりますが、どちらも戦前から戦後にかけての時代を物語る記念碑です。石絵馬
石絵馬は、馬の姿を刻んだ石碑です。その始まりは1925年(大正14年)にさかのぼります。この年、聖和学園の創設者である吉田つぎ氏が、大崎八幡宮へ神馬の銅像を奉納しました。しかし、太平洋戦争中の金属供出によって銅像は撤去され、失われました。その後、1955年(昭和30年)、皇太子殿下の御成婚記念事業の一環として、かつての銅像に代わる馬の碑が建立されました。
なお、当時の皇太子殿下は現在の上皇陛下ですが、御成婚は1959年(昭和34年)であるため、1955年建立と御成婚記念事業との関係については、元資料の記述をそのまま用いる場合でも注意が必要です。
石絵馬は以前、長床の前に置かれていましたが、1999年(平成11年)に現在地へ移されました。神馬の銅像が戦時中に失われ、その記憶を石碑として残した経緯を伝える見どころです。

殉國碑
殉國碑は、支那事変および大東亜戦争で亡くなった戦没者を慰霊するため、1959年(昭和34年)に建立されました。碑には八幡地区出身の戦没者339名の名が刻まれています。地域から戦地へ赴き、帰らなかった人々を悼むための碑であり、大崎八幡宮と周辺地域との深いつながりを今に伝えています。
碑文の文字は、当時の靖国神社宮司であった筑波藤麿(つくばふじまろ)氏によるものです。参拝の際は、碑の大きさだけでなく、刻まれた人名や文字にも目を向けてみてください。
石絵馬と殉國碑は、華やかな社殿とは異なり、近代以降の歴史を静かに伝える場所です。境内を巡る際に立ち寄ることで、大崎八幡宮が地域の記憶を受け継ぐ場でもあることを感じられるでしょう。

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