日時計・銅鉄合成灯篭(文化灯篭) | 鹽竈神社 - 神社ファン

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鹽竈神社

しおがまじんじゃ

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日時計・銅鉄合成灯篭(文化灯篭)

更新日:2026年8月14日

日時計

タラヨウのすぐ隣には、江戸時代の思想家・林子平(はやししへい)が製作した日時計があります。太陽の動きによって変化する指針の影から時刻を読み取るもので、宮城県内に残る日時計のなかでも最古といわれています。
日時計
林子平は長崎を訪れた際、出島のオランダ商館にあった日時計を目にし、それを参考に製作したと伝えられています。円形の石盤には時刻を示すローマ数字が配され、「紅毛製大東日」の文字が刻まれています。「紅毛」は当時オランダ人を指した言葉で、西洋から伝わった知識をもとに作られたことを感じさせる意匠です。
この日時計は寛政4年(1792)、林子平の学友であった鹽竈神社の神職・藤塚知明によって奉納されました。林子平は海防の必要性を説いた『海国兵談』などで知られる人物で、海外の知識を積極的に取り入れていたことでも知られています。境内に残る日時計は、そうした林子平の学問や西洋への関心を伝える貴重な資料でもあります。
日時計アップ
現在、赤い柵に囲まれて境内に置かれている日時計は複製品です。実物は風雨による劣化を防ぐため鹽竈神社博物館に収蔵されており、大切に保存されています。
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銅鉄合成灯篭(文化灯篭)

日時計の前には、銅と鉄という異なる金属を組み合わせて造られた「銅鉄合成燈籠」が建っています。文化6年(1809)に奉納されたことから、「文化燈籠」とも呼ばれています。
奉納したのは仙台藩9代藩主・伊達周宗(だてちかむね)です。当時、仙台藩は江戸幕府から蝦夷地の警備を命じられており、その任務を無事に終えたことへの感謝を込めて鹽竈神社へ奉納されました。海上交通や海の安全と深い関わりを持つ鹽竈神社に、蝦夷地警備からの無事を感謝して奉納された燈籠です。
銅鉄合成灯篭(文化灯篭)
高さは約4.8メートルあり、境内に立つ燈籠のなかでも存在感があります。全体を見るだけでなく細部の装飾も見どころで、鳳凰や龍をはじめ、花や鳥などを表した精巧な意匠が随所に施されています。
竿の部分には、仙台藩の儒学者・田辺匡敕(たなべらくさい)が記した奉献の由来が刻まれており、燈籠が建立された経緯を現在に伝えています。
銅鉄合成灯篭(文化灯篭)の彫刻
江戸時代後期の金属工芸と仙台藩の歴史を伝える貴重な文化財として、昭和51年(1976)に塩竈市の有形文化財に指定されました。

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