表参道の石段・石鳥居 | 鹽竈神社 - 神社ファン

有名度

関脇

鹽竈神社

しおがまじんじゃ

宮城県塩竈市一森山1-1

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表参道の石段・石鳥居

更新日:2026年8月14日

表参道

鹽竈神社の正面に延びる表参道は、表坂や男坂とも呼ばれています。石鳥居をくぐった先には202段の石段が一直線に続き、杉木立に囲まれた急な坂を上って境内へ向かいます。
表参道全体
3つある参道のなかでも特に勾配がきつく、下から見上げると石段が山上へ向かって連なる迫力ある光景を望めます。実際に上るとかなりの急坂であるため、体力に自信がない場合は無理をせず、途中で休憩を取りながら進むのがおすすめです。比較的緩やかな道を利用したい場合は、東参道から境内へ向かうこともできます。
表参道階段上り
江戸時代には、松尾芭蕉もこの石段を目にしています。元禄2年(1689)、『おくのほそ道』の旅で鹽竈神社を訪れた芭蕉は、「石の階九仞(きざはしきゅうじん)に重り」と記しました。「仞」は高さを表す古い単位で、石段が高く積み重なる様子が当時から強い印象を与えていたことがうかがえます。300年以上前に芭蕉が目にした鹽竈神社の景観を感じながら歩けることも、表参道の魅力です。
表参道階段下り
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表参道の石鳥居

表参道の入口に立つ石鳥居は、寛文3年(1663)、仙台藩4代藩主・伊達綱村によって建立されました。当時の綱村はまだ幼少で、「亀千代」と称していた時代にあたります。
表参道の石鳥居の扁額
鳥居は花崗岩で造られた明神鳥居で、柱間は約5メートル、高さは約6メートルあります。使用された花崗岩は岩手県一関地方から船で運ばれたと伝えられています。柱には「鹽竈大明神奉創建石華表一基」「寛文三年癸卯七月十日松平亀千代」の銘が刻まれ、建立の由来を現在に伝えています。
表参道の石鳥居
鳥居に掲げられている社号額は、姫路藩2代藩主・酒井忠以(さかいただざね)の筆によるものです。もとは東参道の鳥居に掲げられていたと伝えられています。
江戸時代初期の姿を伝える貴重な建造物であり、平成14年(2002)には鹽竈神社の社殿群などとともに国の重要文化財に指定されました。202段の石段と一体となった景観は、鹽竈神社の正面を象徴する見どころのひとつです。

伊達綱村と塩竈

伊達家は代々鹽竈神社を篤く崇敬し、歴代藩主によって社殿の造営や修復が行われてきました。石鳥居を建立した伊達綱村も鹽竈神社を手厚く保護した藩主のひとりです。
綱村は神社だけでなく、衰退していた塩竈の町の振興にも力を注ぎました。仙台城下へ直接物資を運ぶ御舟入堀の開削などによって塩竈へ入港する船が減少すると、貞享2年(1685)に塩竈を保護するための「貞享特令」を発布します。
特令では、仙台藩領へ入る船荷を塩竈港で荷揚げさせることなど、塩竈を優遇する複数の施策が定められました。これによって港町としての塩竈は再び活気を取り戻したとされ、綱村は「塩竈の恩人」とも呼ばれています。表参道の石鳥居は、鹽竈神社への崇敬とともに、塩竈の町と伊達家との深い結びつきを現在に伝える存在でもあります。
伊達綱村無明浄明(Wikipedia パブリック・ドメイン)

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