有名度
十両鹿嶋神社
かしまじんじゃ
宮城県栗原市志波姫堀口宮中84
宮城県栗原市志波姫堀口宮中84

かんたんご利益
- 仕事
- 勝負
鹿嶋神社には
「仕事系」「勝負系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
必勝祈願 五穀豊穣 国家守護
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「鹿島系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
鹿嶋神社は宮城県栗原市に鎮座する神社。御祭神は武甕槌神の1柱をまつる。
社格は旧村社。
康元元年(1256)、神社北側にあった西館の館主・三浦三郎義成が、常陸国の鹿島神宮から分霊を勧請して祀ったことに始まると伝えられている。文保元年(1317)に社殿が火災に遭うと、義成の曽孫にあたる左京亮義朝が再興した。天正年間(1573~1592)には兵火によって再び被災したが、文禄2年(1593)、郷民が力を合わせて社殿を復興した。
慶長4年(1599)、館主の三浦平左右衛門義信は葛西・大崎氏の没落に伴って知行を失い、その後は伊達家に仕えて大場氏へ改姓した。明治10年(1877)には村社に列した。
昭和6年(1931)、氏子総代長の大庭経之輔が境内地170坪を寄進するとともに、本殿の造営費を奉納した。氏子も浄財を寄せ、造営に労力を提供して社殿の再建に尽力し、翌昭和7年(1932)11月24日に新社殿が竣工した。
社格は旧村社。
康元元年(1256)、神社北側にあった西館の館主・三浦三郎義成が、常陸国の鹿島神宮から分霊を勧請して祀ったことに始まると伝えられている。文保元年(1317)に社殿が火災に遭うと、義成の曽孫にあたる左京亮義朝が再興した。天正年間(1573~1592)には兵火によって再び被災したが、文禄2年(1593)、郷民が力を合わせて社殿を復興した。
慶長4年(1599)、館主の三浦平左右衛門義信は葛西・大崎氏の没落に伴って知行を失い、その後は伊達家に仕えて大場氏へ改姓した。明治10年(1877)には村社に列した。
昭和6年(1931)、氏子総代長の大庭経之輔が境内地170坪を寄進するとともに、本殿の造営費を奉納した。氏子も浄財を寄せ、造営に労力を提供して社殿の再建に尽力し、翌昭和7年(1932)11月24日に新社殿が竣工した。
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出典
宮城県神社庁
https://miyagi-jinjacho.or.jp/
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