有名度
十両日枝神社
ひえじんじゃ
宮城県大崎市田尻大貫字山王山11
宮城県大崎市田尻大貫字山王山11

かんたんご利益
- 仕事
- 厄除
- 家庭
日枝神社には
「仕事系」「厄除・開運系」「家庭系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
諸産業繁栄 家系繁栄 厄除け
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「日吉・山王系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
日枝神社は宮城県大崎市に鎮座する神社。御祭神は大山咋命の1柱をまつる。
社格は旧村社。
天武天皇の御代(673~686)、加護坊山を東比叡と称して山頂に国家安楽寺を開き、その鎮守として山王大権現を勧請したことに始まると伝えられる。
文禄3年(1594)、涌谷初代館主の亘理元宗が没すると、その遺骸は加護坊山の山麓に葬られ、廟宇の目印として5本の杉が植えられた。その後、亘理定宗の子・宗重は元宗を当社に合祀し、新たに社殿を造営するとともに、甲冑・太刀・田畑を寄進した。天保年間(1831~1845)には亘理義基も甲冑・太刀・弓矢を奉納しており、亘理氏から代々篤い崇敬を受けたことがうかがえる。
明治5年(1872)、近代社格制度のもとで村社に列格するとともに、山王大権現から日枝神社へ改称した。明治41年(1908)12月には亘理胤正から山林2町歩が寄進された。現在の社殿は紀元二千六百年記念事業として昭和16年(1941)に再建されたものである。例祭は毎年10月10日に執り行われている。
社格は旧村社。
天武天皇の御代(673~686)、加護坊山を東比叡と称して山頂に国家安楽寺を開き、その鎮守として山王大権現を勧請したことに始まると伝えられる。
文禄3年(1594)、涌谷初代館主の亘理元宗が没すると、その遺骸は加護坊山の山麓に葬られ、廟宇の目印として5本の杉が植えられた。その後、亘理定宗の子・宗重は元宗を当社に合祀し、新たに社殿を造営するとともに、甲冑・太刀・田畑を寄進した。天保年間(1831~1845)には亘理義基も甲冑・太刀・弓矢を奉納しており、亘理氏から代々篤い崇敬を受けたことがうかがえる。
明治5年(1872)、近代社格制度のもとで村社に列格するとともに、山王大権現から日枝神社へ改称した。明治41年(1908)12月には亘理胤正から山林2町歩が寄進された。現在の社殿は紀元二千六百年記念事業として昭和16年(1941)に再建されたものである。例祭は毎年10月10日に執り行われている。
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神社詳細
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出典
宮城県神社庁
https://miyagi-jinjacho.or.jp/
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