有名度
十両宇佐八幡神社
うさはちまんじんじゃ
宮城県大崎市鳴子温泉字南山76番地
宮城県大崎市鳴子温泉字南山76番地

かんたんご利益
- 仕事
- 勝負
宇佐八幡神社には
「仕事系」「勝負系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
国家鎮護 殖産興業 武運長久 成功勝利
御祭神
神社系統
主な系統
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
宇佐八幡神社は宮城県大崎市に鎮座する神社。御祭神は応神天皇の1柱をまつる。
勧請の年代は明らかでないが、境内には宝亀11年(780)、坂本朝臣宇頭麿が植えたと伝えられる古杉が残る。文治5年(1189)には源頼朝が宇佐八幡の分霊を奉斎し、神社を再興したと伝えられている。
同年9月14日、奥州平泉へ進攻する頼朝が小室崎に陣を構えた際、和田義盛に命じて戦陣守護の神石を御神体として鎮め、黄金造りの大刀を奉納して戦勝を祈願した。その後、義盛を別当に定めたという。
延元4年(1339)以降は、小宮崎城に居住した大崎氏の家臣、湯山駿河守昌権・宗節・権雪の三代にわたって篤い崇敬を受けた。天正18年(1590)に大崎氏が滅亡し、伊達政宗が岩出山城へ入ると、社領として三両が寄進された。以後も歴代の岩出山城主から尊崇され、中世以来、羽黒派修験の良源院が代々祠職を務めて祭祀を受け継いだ。例祭は9月15日に行われる。
勧請の年代は明らかでないが、境内には宝亀11年(780)、坂本朝臣宇頭麿が植えたと伝えられる古杉が残る。文治5年(1189)には源頼朝が宇佐八幡の分霊を奉斎し、神社を再興したと伝えられている。
同年9月14日、奥州平泉へ進攻する頼朝が小室崎に陣を構えた際、和田義盛に命じて戦陣守護の神石を御神体として鎮め、黄金造りの大刀を奉納して戦勝を祈願した。その後、義盛を別当に定めたという。
延元4年(1339)以降は、小宮崎城に居住した大崎氏の家臣、湯山駿河守昌権・宗節・権雪の三代にわたって篤い崇敬を受けた。天正18年(1590)に大崎氏が滅亡し、伊達政宗が岩出山城へ入ると、社領として三両が寄進された。以後も歴代の岩出山城主から尊崇され、中世以来、羽黒派修験の良源院が代々祠職を務めて祭祀を受け継いだ。例祭は9月15日に行われる。
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出典
宮城県神社庁
https://miyagi-jinjacho.or.jp/
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