有名度
十両愛宕神社
あたごじんじゃ
宮城県岩沼市下野郷字上中筋76
宮城県岩沼市下野郷字上中筋76

かんたんご利益
- 仕事
- 厄除
愛宕神社には
「仕事系」「厄除・開運系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
火難除け 郷土守護 陶器・金属業守護
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「愛宕・秋葉系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
愛宕神社は宮城県岩沼市に鎮座する神社。御祭神は軻遇土神、伊弉冉尊の2柱をまつる。
社格は旧村社。
康平7年(1064)、源義家が奥州から凱旋した際に神祠を創建し、京都の愛宕神社から分霊を迎えたと伝えられる。義家は従士の高橋主殿と大友美濃に社殿の管理を任せ、周辺の鎮撫に当たらせたという。
当初は下野郷竹ノ内の館の門・宮の脇に鎮座していたが、正平年間(1346~1370)の野火で社殿と系譜類を焼失し、その後は仮宮で祭祀を続けた。永正年間(1504~1521)に現在地を定め、社殿を造営した。
万治2年(1659)以降は真言宗愛宕山岩誓寺が別当を務め、明治維新に伴って廃止された。明治5年(1872)6月に村社へ列格し、明治15年(1882)に拝殿を建築した。明治42年(1909)には本殿・幣殿・神饌舎・社務所などを建築し、押分字御伊勢浦の神明社、下野郷字浜の稲荷神社、字藤曽根の丹生神社を合祀した。明治44年(1911)5月には幣帛供進社に指定された。
境内には、田龍が描いた「藍づくりの額」と「米づくりの額」が奉納されている。藍作りと米作りの年間工程を描いた絵馬で、昭和48年(1973)3月27日に岩沼市指定文化財となった。
例祭日は4月24日、夏祭は8月23日である。
社格は旧村社。
康平7年(1064)、源義家が奥州から凱旋した際に神祠を創建し、京都の愛宕神社から分霊を迎えたと伝えられる。義家は従士の高橋主殿と大友美濃に社殿の管理を任せ、周辺の鎮撫に当たらせたという。
当初は下野郷竹ノ内の館の門・宮の脇に鎮座していたが、正平年間(1346~1370)の野火で社殿と系譜類を焼失し、その後は仮宮で祭祀を続けた。永正年間(1504~1521)に現在地を定め、社殿を造営した。
万治2年(1659)以降は真言宗愛宕山岩誓寺が別当を務め、明治維新に伴って廃止された。明治5年(1872)6月に村社へ列格し、明治15年(1882)に拝殿を建築した。明治42年(1909)には本殿・幣殿・神饌舎・社務所などを建築し、押分字御伊勢浦の神明社、下野郷字浜の稲荷神社、字藤曽根の丹生神社を合祀した。明治44年(1911)5月には幣帛供進社に指定された。
境内には、田龍が描いた「藍づくりの額」と「米づくりの額」が奉納されている。藍作りと米作りの年間工程を描いた絵馬で、昭和48年(1973)3月27日に岩沼市指定文化財となった。
例祭日は4月24日、夏祭は8月23日である。
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出典
宮城県神社庁
https://miyagi-jinjacho.or.jp/
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