有名度
十両諏訪神社
すわじんじゃ
宮城県伊具郡丸森町大内字諏訪112番地
宮城県伊具郡丸森町大内字諏訪112番地

かんたんご利益
- 仕事
- 家庭
- 勝負
諏訪神社には
「仕事系」「家庭系」「勝負系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
五穀豊穣 家内安全 武運長久
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「諏訪系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
諏訪神社は宮城県伊具郡丸森町に鎮座する神社。御祭神は健御名方神の1柱をまつる。
元和元年(1615)、領主中島宗勝が伊達政宗に従って大坂夏の陣へ出陣し、その帰途、信州の諏訪神社から分霊を受けたことに始まる。帰郷後、伊手・大内・金山の三村を守護する総鎮守として北方の山頂に神霊を奉斎し、諏訪大明神と称した。
貞享3年(1686)、中島宗盛の代になると、二間四方の新宮が造営された。嘉永2年(1849)には、一明院護摩堂が平地へ移転した跡地に山頂から遷座したが、元治元年(1864)の大嵐と山崩れによって社殿が崩壊した。翌慶応元年(1865)から再建に着手し、慶応3年(1867)11月には3日間にわたる遷座行事を執り行い、新たな社殿へ神霊を遷した。明治5年(1872)以降は諏訪神社と称している。
現在の本殿は総欅造りによる一間社流造で、幕末期の造営になる社殿を今に伝える。昭和61年(1986)6月15日には丸森町有形文化財に指定された。例祭は毎年4月15日に執り行われる。
元和元年(1615)、領主中島宗勝が伊達政宗に従って大坂夏の陣へ出陣し、その帰途、信州の諏訪神社から分霊を受けたことに始まる。帰郷後、伊手・大内・金山の三村を守護する総鎮守として北方の山頂に神霊を奉斎し、諏訪大明神と称した。
貞享3年(1686)、中島宗盛の代になると、二間四方の新宮が造営された。嘉永2年(1849)には、一明院護摩堂が平地へ移転した跡地に山頂から遷座したが、元治元年(1864)の大嵐と山崩れによって社殿が崩壊した。翌慶応元年(1865)から再建に着手し、慶応3年(1867)11月には3日間にわたる遷座行事を執り行い、新たな社殿へ神霊を遷した。明治5年(1872)以降は諏訪神社と称している。
現在の本殿は総欅造りによる一間社流造で、幕末期の造営になる社殿を今に伝える。昭和61年(1986)6月15日には丸森町有形文化財に指定された。例祭は毎年4月15日に執り行われる。
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出典
宮城県神社庁
https://miyagi-jinjacho.or.jp/
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