有名度
十両立石稲荷神社
たていしいなりじんじゃ
岩手県気仙郡住田町世田米字和山乙20-2
岩手県気仙郡住田町世田米字和山乙20-2

かんたんご利益
- 仕事
立石稲荷神社には
「仕事系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
五穀豊穣 商売繁盛
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「稲荷系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
立石稲荷神社は岩手県気仙郡住田町に鎮座する神社。御祭神は保食命の1柱をまつる。
創立年代は明らかではない。口伝によれば、天正年間(1573~1592)、下舘の館主であった浅沼某が館と一族を守護する神として勧請し、祠を設けたことに始まるという。のちに下舘が没落すると、館の守護神から和山集落の神社へと移り、地域の人々によって祭祀が受け継がれるようになった。
嘉永2年(1849)正月には、菅原屋銀蔵が京都の稲荷山に鎮座する稲荷総本宮から分霊を受け、従来の神とともに合祀した。これによって稲荷信仰が加わり、集落の神社として新たな祭祀の形が整えられた。
慶応2年(1866)には、氏子らが講中を組織して神社を支える仕組みを整え、維持経営に必要な資金を確保した。こうして館主の守護神として始まった信仰は、下舘の没落後も途絶えることなく、和山集落の人々によって守り継がれてきた。例祭は毎年4月6日に斎行される。
創立年代は明らかではない。口伝によれば、天正年間(1573~1592)、下舘の館主であった浅沼某が館と一族を守護する神として勧請し、祠を設けたことに始まるという。のちに下舘が没落すると、館の守護神から和山集落の神社へと移り、地域の人々によって祭祀が受け継がれるようになった。
嘉永2年(1849)正月には、菅原屋銀蔵が京都の稲荷山に鎮座する稲荷総本宮から分霊を受け、従来の神とともに合祀した。これによって稲荷信仰が加わり、集落の神社として新たな祭祀の形が整えられた。
慶応2年(1866)には、氏子らが講中を組織して神社を支える仕組みを整え、維持経営に必要な資金を確保した。こうして館主の守護神として始まった信仰は、下舘の没落後も途絶えることなく、和山集落の人々によって守り継がれてきた。例祭は毎年4月6日に斎行される。
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神社詳細
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出典
岩手県神社庁
https://www.jinjacho.jp/
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