有名度
十両八坂神社
やさかじんじゃ
岩手県花巻市膝立観音山1
岩手県花巻市膝立観音山1

かんたんご利益
- 仕事
- 厄除
八坂神社には
「仕事系」「厄除・開運系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
悪疫退散 五穀豊穣の神
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「祇園・須佐系」
です。他に 「駒形系」
も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
八坂神社は岩手県花巻市に鎮座する神社。御祭神は須佐男命、保食神の2柱をまつる。
大同年間(806~810)、坂上田村麻呂が蝦夷平定のため当地を訪れた際、円万寺の山を霊地と定め、戦勝の暁には観音を勧請することを誓ったと伝えられている。その証として自ら2本の杉を植え、「祖父杉」「祖母杉」と名付けたことが神社の由緒とされる。
康平年間(1058~1065)頃には、源義家が安倍氏との戦いに際して当山へ陣を構え、戦勝後に2本の鏑矢を窟内へ奉納したと伝えられる。この故事から、2本の杉は「矢立の杉」とも呼ばれるようになった。しかし、祖父杉は宝永年間(1704~1711)頃に落雷による火災で焼失し、祖母杉も天保10年(1839)正月の火災によって焼損し、現在は往時の5分の1ほどの姿を残すのみとなっている。
また、坂上田村麻呂が蝦夷平定後に円万寺を再訪した際、戦いで疲弊した愛馬が病に伏したため、その回復を願って馬頭観音を勧請したとの伝承も残されている。やがて馬は快復して膝を立てたとされ、この出来事が「膝立」の地名の由来になったと伝えられている。明治3年(1870)には、矢川から八坂神社を遷座するとともに駒形の神を合祀し、現在の祭祀の形が整えられた。例祭日は9月15日で、郷土芸能である円万寺神楽が今日まで大切に伝承されている。
大同年間(806~810)、坂上田村麻呂が蝦夷平定のため当地を訪れた際、円万寺の山を霊地と定め、戦勝の暁には観音を勧請することを誓ったと伝えられている。その証として自ら2本の杉を植え、「祖父杉」「祖母杉」と名付けたことが神社の由緒とされる。
康平年間(1058~1065)頃には、源義家が安倍氏との戦いに際して当山へ陣を構え、戦勝後に2本の鏑矢を窟内へ奉納したと伝えられる。この故事から、2本の杉は「矢立の杉」とも呼ばれるようになった。しかし、祖父杉は宝永年間(1704~1711)頃に落雷による火災で焼失し、祖母杉も天保10年(1839)正月の火災によって焼損し、現在は往時の5分の1ほどの姿を残すのみとなっている。
また、坂上田村麻呂が蝦夷平定後に円万寺を再訪した際、戦いで疲弊した愛馬が病に伏したため、その回復を願って馬頭観音を勧請したとの伝承も残されている。やがて馬は快復して膝を立てたとされ、この出来事が「膝立」の地名の由来になったと伝えられている。明治3年(1870)には、矢川から八坂神社を遷座するとともに駒形の神を合祀し、現在の祭祀の形が整えられた。例祭日は9月15日で、郷土芸能である円万寺神楽が今日まで大切に伝承されている。
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神社詳細
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出典
岩手県神社庁
https://www.jinjacho.jp/
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