有名度
十両稲荷神社
いなりじんじゃ
岩手県花巻市石鳥谷町北寺林4-73
岩手県花巻市石鳥谷町北寺林4-73

かんたんご利益
- 仕事
稲荷神社には
「仕事系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
五穀豊穣 商売繁盛
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「稲荷系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
稲荷神社は岩手県花巻市石鳥谷町北寺林に鎮座する神社。御祭神は稲蒼魂命の1柱をまつる。
社格は旧村社。
慶長年間(1596~1615)、和賀氏の家臣であった八重樫某は、主家の没落後に北寺林へ移り住み、佐手ヶ鼻に居宅を構えて農業を営んだ。その後は豪農として地域に根を下ろし、円証寺跡にあたる現在の境内地を取得して稲荷神を勧請し、一族の氏神としてまつったことが神社の始まりと伝えられている。
安永年間(1772~1781)の末頃、佐手ヶ鼻家が衰退して一家が離散すると、境内を含む稲荷山一帯は清水の嘉左衛門と呼ばれる人物の所有となった。当時の北寺林は人口が少なく、集落では大瀬川村下天神の天満宮を大瀬川村と共同で祭祀していた。
文化年間(1804~1818)になると北寺林の人口が増加し、地域の有志は嘉左衛門の承諾を得て稲荷神社を集落の鎮守として定めた。これ以降、地域住民による祭祀が継続して行われるようになり、一族の氏神であった神社は北寺林の守護神として広く崇敬を集めるようになった。
明治4年(1871)に村社へ列せられ、大正15年(1926)5月12日には神饌幣帛料供進神社に指定された。例祭日は9月9日である。
社格は旧村社。
慶長年間(1596~1615)、和賀氏の家臣であった八重樫某は、主家の没落後に北寺林へ移り住み、佐手ヶ鼻に居宅を構えて農業を営んだ。その後は豪農として地域に根を下ろし、円証寺跡にあたる現在の境内地を取得して稲荷神を勧請し、一族の氏神としてまつったことが神社の始まりと伝えられている。
安永年間(1772~1781)の末頃、佐手ヶ鼻家が衰退して一家が離散すると、境内を含む稲荷山一帯は清水の嘉左衛門と呼ばれる人物の所有となった。当時の北寺林は人口が少なく、集落では大瀬川村下天神の天満宮を大瀬川村と共同で祭祀していた。
文化年間(1804~1818)になると北寺林の人口が増加し、地域の有志は嘉左衛門の承諾を得て稲荷神社を集落の鎮守として定めた。これ以降、地域住民による祭祀が継続して行われるようになり、一族の氏神であった神社は北寺林の守護神として広く崇敬を集めるようになった。
明治4年(1871)に村社へ列せられ、大正15年(1926)5月12日には神饌幣帛料供進神社に指定された。例祭日は9月9日である。
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神社詳細
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出典
岩手県神社庁
https://www.jinjacho.jp/
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