有名度
十両山祇神社
やまづみじんじゃ
岩手県花巻市石鳥谷町大瀬川2-65
岩手県花巻市石鳥谷町大瀬川2-65

かんたんご利益
- 仕事
- 安全
山祇神社には
「仕事系」「安全系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
諸産業守護 海上安全
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「三島・大山祇系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
山祇神社は岩手県花巻市石鳥谷町大瀬川に鎮座する神社。御祭神は大山祇命の1柱をまつる。
社格は旧村社。
由緒によれば、大彦命が当地で蝦夷の頭目とされる五郎丸を討った際、自ら日頃より奉斎していた神を奥内の祠にまつったことが神社の起源と伝えられている。
建久2年(1191)、藤原兼頼は主従5人とともに大和国高市郡から奥州へ下向し、大瀬川西方の葛丸山へ入った。日暮れのため奥内の祠で一夜を明かしたところ神のお告げを受け、その導きに従って畑の地を開墾し、居を構えたという。兼頼は奥内の神社を再建するとともに、自らの居所である畑へ神霊を分祀し、地域の守護神としてまつった。
長禄3年(1459)、奥内の社地が狭く往来にも支障があったことから、一の沢へ遷宮された。その後、一の沢の社殿は火災によって焼失したため、藩主・南部利敬へ再建を願い出て、葛丸山御用山の木材150本の寄進を受けて社殿が再建された。さらに寛政5年(1793)、現在地である高井沢へ遷宮し、今日の社地が整えられた。
明治4年(1871)に村社へ列せられ、大正元年(1912)10月25日には神饌幣帛料供進神社に指定された。例祭日は9月12日である。
社格は旧村社。
由緒によれば、大彦命が当地で蝦夷の頭目とされる五郎丸を討った際、自ら日頃より奉斎していた神を奥内の祠にまつったことが神社の起源と伝えられている。
建久2年(1191)、藤原兼頼は主従5人とともに大和国高市郡から奥州へ下向し、大瀬川西方の葛丸山へ入った。日暮れのため奥内の祠で一夜を明かしたところ神のお告げを受け、その導きに従って畑の地を開墾し、居を構えたという。兼頼は奥内の神社を再建するとともに、自らの居所である畑へ神霊を分祀し、地域の守護神としてまつった。
長禄3年(1459)、奥内の社地が狭く往来にも支障があったことから、一の沢へ遷宮された。その後、一の沢の社殿は火災によって焼失したため、藩主・南部利敬へ再建を願い出て、葛丸山御用山の木材150本の寄進を受けて社殿が再建された。さらに寛政5年(1793)、現在地である高井沢へ遷宮し、今日の社地が整えられた。
明治4年(1871)に村社へ列せられ、大正元年(1912)10月25日には神饌幣帛料供進神社に指定された。例祭日は9月12日である。
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出典
岩手県神社庁
https://www.jinjacho.jp/
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