有名度
十両愛宕神社
あたごじんじゃ
岩手県遠野市綾織町新里31-61
岩手県遠野市綾織町新里31-61

かんたんご利益
- 仕事
- 厄除
愛宕神社には
「仕事系」「厄除・開運系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
火難除け 郷土守護 陶器・金属業守護
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「愛宕・秋葉系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
愛宕神社は岩手県遠野市に鎮座する神社。御祭神は迦具土命、伊邪那美命の2柱をまつる。
文治年間(1185~1190)、阿曽沼氏が勧請したと伝えられる。延宝2年(1674)、南部直栄が大破していた堂宇を再興した。
正徳6年(1716)、新町の豪商・両川覚兵衛が参道の石段を寄進した。さらに文化年間(1804~1818)から天保年間(1830~1844)にかけて、遠野の医師で儒学者でもあった和田元庸が、京都・嵐山にならって境内へ桜を植えたと記録されている。境内には旅の安全を祈願する山ノ神碑や出羽三山碑も建立されている。
『遠野物語拾遺』には、付近で火災が発生した際、愛宕神が大徳院の和尚の姿となって現れ、水をかけて火を消し止めたという伝承が収められている。翌朝、家人が大徳院を訪ねると、寺では誰も消火に赴いておらず、人々は愛宕神の霊験であったと伝えたという。
例祭は7月24日に行われ、「愛宕さんまつり」として親しまれている。神社は「新里の愛宕神社」として遠野遺産第144号に認定されている。
文治年間(1185~1190)、阿曽沼氏が勧請したと伝えられる。延宝2年(1674)、南部直栄が大破していた堂宇を再興した。
正徳6年(1716)、新町の豪商・両川覚兵衛が参道の石段を寄進した。さらに文化年間(1804~1818)から天保年間(1830~1844)にかけて、遠野の医師で儒学者でもあった和田元庸が、京都・嵐山にならって境内へ桜を植えたと記録されている。境内には旅の安全を祈願する山ノ神碑や出羽三山碑も建立されている。
『遠野物語拾遺』には、付近で火災が発生した際、愛宕神が大徳院の和尚の姿となって現れ、水をかけて火を消し止めたという伝承が収められている。翌朝、家人が大徳院を訪ねると、寺では誰も消火に赴いておらず、人々は愛宕神の霊験であったと伝えたという。
例祭は7月24日に行われ、「愛宕さんまつり」として親しまれている。神社は「新里の愛宕神社」として遠野遺産第144号に認定されている。
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神社詳細
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出典
岩手県神社庁
https://www.jinjacho.jp/
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