有名度
十両大宮神社
おおみやじんじゃ
岩手県岩手郡雫石町西根18字大宮65-11
岩手県岩手郡雫石町西根18字大宮65-11

かんたんご利益
- 仕事
- 安全
- 厄除
大宮神社には
「仕事系」「安全系」「厄除・開運系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
諸産業守護 海上安全 厄除け 交通安全
御祭神
神社系統
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
大宮神社は岩手県岩手郡雫石町に鎮座する神社。御祭神は大山祇命、坂上田村麻呂公の2柱をまつる。
社伝によれば、坂上田村麻呂が岩手山にこもる大猛丸を討伐するため軍を進め、滴石の大宮まで至った際、岩手山一帯が深い霧に包まれたため進軍を止めたという。田村麻呂は岩清水の観音へ戦勝を祈願し、勝利した暁には滴石の総鎮守となる大社を建立することを誓った。その後、霧が晴れて大猛丸を討ち果たしたため、この地に社を創建したことが神社の起源と伝えられている。
元禄2年(1689)には野火によって大宮の堂が焼失したが、代官・望月文平の指揮のもと、郷内から延べ566人の人夫を動員して再建が行われたことが瀬川文書に記されている。藩政時代には12石の社領を与えられ、享保15年(1730)の西根村宅地帳には別当山伏・浄法院が180坪の宅地を有していたことも記録されている。境内には常明院と常学院に関係する山伏墓石2基が残り、修験道との深い関わりを今に伝えている。明治4年(1871)に一度廃社となったが、明治27年(1894)に再建され、現在は葛根田・駒木野・西根谷地を氏子区域とする神社として信仰を集める。例祭は毎年9月7日に斎行され、祭礼に合わせて相撲大会も催されている。
社伝によれば、坂上田村麻呂が岩手山にこもる大猛丸を討伐するため軍を進め、滴石の大宮まで至った際、岩手山一帯が深い霧に包まれたため進軍を止めたという。田村麻呂は岩清水の観音へ戦勝を祈願し、勝利した暁には滴石の総鎮守となる大社を建立することを誓った。その後、霧が晴れて大猛丸を討ち果たしたため、この地に社を創建したことが神社の起源と伝えられている。
元禄2年(1689)には野火によって大宮の堂が焼失したが、代官・望月文平の指揮のもと、郷内から延べ566人の人夫を動員して再建が行われたことが瀬川文書に記されている。藩政時代には12石の社領を与えられ、享保15年(1730)の西根村宅地帳には別当山伏・浄法院が180坪の宅地を有していたことも記録されている。境内には常明院と常学院に関係する山伏墓石2基が残り、修験道との深い関わりを今に伝えている。明治4年(1871)に一度廃社となったが、明治27年(1894)に再建され、現在は葛根田・駒木野・西根谷地を氏子区域とする神社として信仰を集める。例祭は毎年9月7日に斎行され、祭礼に合わせて相撲大会も催されている。
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神社詳細
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建築
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神紋
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出典
岩手県神社庁
https://www.jinjacho.jp/
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