有名度
十両大神宮
だいじんぐう
岩手県岩手郡雫石町長山字森合58-2-59
岩手県岩手郡雫石町長山字森合58-2-59

かんたんご利益
- 仕事
大神宮には
「仕事系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
国家隆昌 生命力向上 五穀豊穣
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「伊勢・神明系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
大神宮は岩手県岩手郡雫石町に鎮座する神社。御祭神は天照皇大神の1柱をまつる。
社伝によれば、寛平8年(896)、宇多天皇は神官に命じて伊勢に伝わる神鏡を模した小形の鏡7面を製作させたという。そのうち2面は近江国の多賀神社脇社へ奉納され、残る5面は子孫へ受け継がれたと伝えられている。神鏡は宇多天皇の第2皇子・貞秀親王を経て、佐々木秀義の四男・佐々木四郎高綱へ伝わり、高綱は当地に7年間滞在した。その間、次男の光綱は山津田家の息女と婚姻して養子となり、勇左衛門光綱と称した。高綱が鎌倉へ帰る際、記念として光綱へ神鏡を授けたことが神社の由来とされる。
その後、光綱から7代目にあたる嘉右衛門の三男・与右衛門は、天文13年(1544)に滴石村柿木野へ分家する際、兄の庄左衛門から神鏡を譲り受けた。天文18年(1549)には林崎帽子岩近くの大岩に祠を建立して神鏡を安置し、延宝元年(1673)には現在地へ堂宇を建立して遷宮した。明治3年(1870)には堂山稲荷大明神、一玉子権現、谷地山の神、小松山の神、松倉大明神を合祀し、昭和51年(1976)には羽上の明神を合祀している。例祭は毎年9月11日に斎行される。
社伝によれば、寛平8年(896)、宇多天皇は神官に命じて伊勢に伝わる神鏡を模した小形の鏡7面を製作させたという。そのうち2面は近江国の多賀神社脇社へ奉納され、残る5面は子孫へ受け継がれたと伝えられている。神鏡は宇多天皇の第2皇子・貞秀親王を経て、佐々木秀義の四男・佐々木四郎高綱へ伝わり、高綱は当地に7年間滞在した。その間、次男の光綱は山津田家の息女と婚姻して養子となり、勇左衛門光綱と称した。高綱が鎌倉へ帰る際、記念として光綱へ神鏡を授けたことが神社の由来とされる。
その後、光綱から7代目にあたる嘉右衛門の三男・与右衛門は、天文13年(1544)に滴石村柿木野へ分家する際、兄の庄左衛門から神鏡を譲り受けた。天文18年(1549)には林崎帽子岩近くの大岩に祠を建立して神鏡を安置し、延宝元年(1673)には現在地へ堂宇を建立して遷宮した。明治3年(1870)には堂山稲荷大明神、一玉子権現、谷地山の神、小松山の神、松倉大明神を合祀し、昭和51年(1976)には羽上の明神を合祀している。例祭は毎年9月11日に斎行される。
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出典
岩手県神社庁
https://www.jinjacho.jp/
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