有名度
十両鳥海稲荷神社
ちょうかいいなりじんじゃ
岩手県二戸郡一戸町西法寺字稲荷30
岩手県二戸郡一戸町西法寺字稲荷30

かんたんご利益
- 仕事
鳥海稲荷神社には
「仕事系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
五穀豊穣 商売繁盛
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「稲荷系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
鳥海稲荷神社は岩手県二戸郡一戸町に鎮座する神社。御祭神は倉稲魂命の1柱をまつる。
社格は旧村社。
鳥海神社には、大同2年(807)、坂上田村麻呂が奥州征討へ向かった頃にまつわる伝承が残されている。田村麻呂の妻と姫君がその後を追って奥州へ下向した際、出羽国の鳥海山から現れた一匹の白狐が道案内を務め、山々を越えて二戸郡西法寺の地まで導いたという。白狐の導きによって一行は田村麻呂の馬と再会し、この地に住居を構えたことが神社の由緒として語り継がれている。
その後、妻または姫君がこの地で亡くなったため毘沙門天としてまつられ、道案内を果たした白狐は鳥海稲荷神社に、田村麻呂の馬は蒼前神社にそれぞれまつられたと伝えられる。一方で別の由緒では、創建年代は明らかではないものの、出羽国飽海郡の鳥海山頂に鎮座する大物忌神社を勧請したことから「鳥海」の社名を称するようになったとしており、複数の伝承が現在まで受け継がれている。
江戸時代には、元禄6年(1693)に大須田民部が社務を務め、正徳4年(1714)には鳥海四郎右衛門がこれを継承した。さらに、宝暦5年(1755)には社殿が修復され、宝暦8年(1758)には村人たちの崇敬によって3基の神輿が奉納されるなど、地域の信仰を集めながら社勢を発展させた。こうした歴史と伝承を今に伝える神社として祭祀が受け継がれ、例祭は毎年8月28日に執り行われる。
社格は旧村社。
鳥海神社には、大同2年(807)、坂上田村麻呂が奥州征討へ向かった頃にまつわる伝承が残されている。田村麻呂の妻と姫君がその後を追って奥州へ下向した際、出羽国の鳥海山から現れた一匹の白狐が道案内を務め、山々を越えて二戸郡西法寺の地まで導いたという。白狐の導きによって一行は田村麻呂の馬と再会し、この地に住居を構えたことが神社の由緒として語り継がれている。
その後、妻または姫君がこの地で亡くなったため毘沙門天としてまつられ、道案内を果たした白狐は鳥海稲荷神社に、田村麻呂の馬は蒼前神社にそれぞれまつられたと伝えられる。一方で別の由緒では、創建年代は明らかではないものの、出羽国飽海郡の鳥海山頂に鎮座する大物忌神社を勧請したことから「鳥海」の社名を称するようになったとしており、複数の伝承が現在まで受け継がれている。
江戸時代には、元禄6年(1693)に大須田民部が社務を務め、正徳4年(1714)には鳥海四郎右衛門がこれを継承した。さらに、宝暦5年(1755)には社殿が修復され、宝暦8年(1758)には村人たちの崇敬によって3基の神輿が奉納されるなど、地域の信仰を集めながら社勢を発展させた。こうした歴史と伝承を今に伝える神社として祭祀が受け継がれ、例祭は毎年8月28日に執り行われる。
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神社詳細
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出典
岩手県神社庁
https://www.jinjacho.jp/
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