有名度
十両大日霊神社
おおひるめじんじゃ
岩手県九戸郡洋野町大野字続石3-36
岩手県九戸郡洋野町大野字続石3-36

かんたんご利益
- 仕事
大日霊神社には
「仕事系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
国家隆昌 生命力向上 五穀豊穣
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「伊勢・神明系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
大日霊神社は岩手県九戸郡洋野町に鎮座する神社。御祭神は天照大御神の1柱をまつる。
洋野町大野の明戸地区に鎮座し、「向かい山」と呼ばれる山の山頂付近に社殿が建つ。現存する最古の棟札は延享元年(1744)のもので、「一ノ宮権現宮」として社殿が建立されたことが記されている。施主は甚内という人物であった。文化7年(1810)には社殿が再建され、文政7年(1824)の棟札には「大日霊神社」の社名と堀米重三郎の名が記されていることから、江戸時代後期には大野の豪農であった堀米家の庇護を受けていたことがうかがえる。
文政8年(1825)と文政9年(1826)には、大野、久慈、八戸、盛岡、花巻、房州、江戸など各地の俳人が句を寄せた俳諧献額が奉納された。この2面の献額は貴重な文化資料として、平成27年(2015)に洋野町の有形文化財に指定されている。境内には海難除けを願って奉納された千石船の絵馬や、天保15年(1844)に奉納された猪退治の絵馬も伝えられ、地域の暮らしや信仰を今に伝えている。
明治4年(1871)3月には、堀米家当主が民有地を寄進し、神社は諸社に列して国家管理となった。社内には坂上田村麻呂もまつられ、田村麻呂が使用したと伝わる槍が伝来していたという。また、安置されていた金色の観音像は昭和初期に売却されたものの、不思議な光と音を伴って社殿へ戻ったという伝承が残されている。例祭は毎年8月15日に執り行われ、おおの駒踊りが奉納される。
洋野町大野の明戸地区に鎮座し、「向かい山」と呼ばれる山の山頂付近に社殿が建つ。現存する最古の棟札は延享元年(1744)のもので、「一ノ宮権現宮」として社殿が建立されたことが記されている。施主は甚内という人物であった。文化7年(1810)には社殿が再建され、文政7年(1824)の棟札には「大日霊神社」の社名と堀米重三郎の名が記されていることから、江戸時代後期には大野の豪農であった堀米家の庇護を受けていたことがうかがえる。
文政8年(1825)と文政9年(1826)には、大野、久慈、八戸、盛岡、花巻、房州、江戸など各地の俳人が句を寄せた俳諧献額が奉納された。この2面の献額は貴重な文化資料として、平成27年(2015)に洋野町の有形文化財に指定されている。境内には海難除けを願って奉納された千石船の絵馬や、天保15年(1844)に奉納された猪退治の絵馬も伝えられ、地域の暮らしや信仰を今に伝えている。
明治4年(1871)3月には、堀米家当主が民有地を寄進し、神社は諸社に列して国家管理となった。社内には坂上田村麻呂もまつられ、田村麻呂が使用したと伝わる槍が伝来していたという。また、安置されていた金色の観音像は昭和初期に売却されたものの、不思議な光と音を伴って社殿へ戻ったという伝承が残されている。例祭は毎年8月15日に執り行われ、おおの駒踊りが奉納される。
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出典
岩手県神社庁
https://www.jinjacho.jp/
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