有名度
十両諏訪神社
すわじんじゃ
青森県八戸市諏訪1丁目14-16
青森県八戸市諏訪1丁目14-16

かんたんご利益
- 仕事
- 家庭
- 勝負
諏訪神社には
「仕事系」「家庭系」「勝負系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
五穀豊穣 家内安全 武運長久
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「諏訪系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
諏訪神社は青森県八戸市に鎮座する神社。御祭神は建御名方神の1柱をまつる。
社伝によれば、慶長12年(1607)4月、根城南部氏の一族である中館彦八郎が諏訪大明神を勧請して社殿を建立したと伝えられる。別当は修験者の法経院が務めた。
承応2年(1653)の八戸藩の記録には、佐比代の諏訪で湯立の祈祷が行われたことが記されている。寛文5年(1665)、八戸藩初代藩主・南部直房の入部に先立ち、修験の無量院が領内の堂社を調査し、祈願を行う20余社を選定した。諏訪神社には鷹の絵が納められ、南部直房の武運長久などが祈願された。
宝暦5年(1755)の『堂林寺門間数改書上帳』には「中城村諏訪明神堂」と記されている。社殿には享保10年(1725)の銘を持つ鰐口が伝えられ、文化14年(1817)には稲荷神社と金精神社が合祀された。
嘉永元年(1848)、湊の大祐明神の神輿が船で渡御した際には、諏訪神社境内が御旅所となった。かつては川口神社から諏訪神社まで湊祭りの船行列が行われたと伝えられ、例祭は毎年7月27日に執り行われる。
社伝によれば、慶長12年(1607)4月、根城南部氏の一族である中館彦八郎が諏訪大明神を勧請して社殿を建立したと伝えられる。別当は修験者の法経院が務めた。
承応2年(1653)の八戸藩の記録には、佐比代の諏訪で湯立の祈祷が行われたことが記されている。寛文5年(1665)、八戸藩初代藩主・南部直房の入部に先立ち、修験の無量院が領内の堂社を調査し、祈願を行う20余社を選定した。諏訪神社には鷹の絵が納められ、南部直房の武運長久などが祈願された。
宝暦5年(1755)の『堂林寺門間数改書上帳』には「中城村諏訪明神堂」と記されている。社殿には享保10年(1725)の銘を持つ鰐口が伝えられ、文化14年(1817)には稲荷神社と金精神社が合祀された。
嘉永元年(1848)、湊の大祐明神の神輿が船で渡御した際には、諏訪神社境内が御旅所となった。かつては川口神社から諏訪神社まで湊祭りの船行列が行われたと伝えられ、例祭は毎年7月27日に執り行われる。
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