有名度
十両八幡宮
はちまんぐう
青森県南津軽郡藤崎町大字藤崎字四本松69
青森県南津軽郡藤崎町大字藤崎字四本松69

かんたんご利益
- 仕事
- 勝負
八幡宮には
「仕事系」「勝負系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
国家鎮護 殖産興業 武運長久 成功勝利
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「八幡系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
八幡宮は青森県南津軽郡藤崎町に鎮座する神社。御祭神は品陀別命の1柱をまつる。
社伝によれば、寛治6年(1092)、藤崎城の完成に際して領内の鎮守として創建されたと伝えられる。藤崎城を築いた人物については、前九年の役で敗れた安倍氏の遺児で、のちに安東氏の祖となったとされる高星丸、あるいは安倍堯恒とする伝承が残る。
社殿は藤崎城東側の郭にあたる土塁の斜面に建ち、境内に続く長い土塁とその下に残る堀跡は藤崎城の遺構とされている。土塁上には暦応3年(1340)の銘を持つ板碑があり、近隣の稱名寺境内から出土したものと伝えられる。
明治14年(1881)には安東氏の由緒を記した「安東氏顛末記」が建立された。このほか、境内には庚申塔や二十三夜塔、「藤崎城土塁の跡」「安東氏発祥の地」と刻まれた碑が残り、戦時中には祈願祭も行われた。
社伝によれば、寛治6年(1092)、藤崎城の完成に際して領内の鎮守として創建されたと伝えられる。藤崎城を築いた人物については、前九年の役で敗れた安倍氏の遺児で、のちに安東氏の祖となったとされる高星丸、あるいは安倍堯恒とする伝承が残る。
社殿は藤崎城東側の郭にあたる土塁の斜面に建ち、境内に続く長い土塁とその下に残る堀跡は藤崎城の遺構とされている。土塁上には暦応3年(1340)の銘を持つ板碑があり、近隣の稱名寺境内から出土したものと伝えられる。
明治14年(1881)には安東氏の由緒を記した「安東氏顛末記」が建立された。このほか、境内には庚申塔や二十三夜塔、「藤崎城土塁の跡」「安東氏発祥の地」と刻まれた碑が残り、戦時中には祈願祭も行われた。
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