有名度
十両石川八幡宮
いしかわはちまんぐう
青森県弘前市石川字大仏下3-2
青森県弘前市石川字大仏下3-2

かんたんご利益
- 仕事
- 勝負
石川八幡宮には
「仕事系」「勝負系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
国家鎮護 殖産興業 武運長久 成功勝利
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「八幡系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
石川八幡宮は青森県弘前市に鎮座する神社。御祭神は品陀和気命の1柱をまつる。
社伝によれば、天文3年(1534)7月1日に建立され、当初は十一面観音をまつり、上石川村の人々の信仰を集めていた。その後、上石川・下石川をはじめとする近郷の農民の安泰を願い、熊野大権現をまつるようになった。石川城主・南部高信も篤く崇敬し、八幡館に八幡大菩薩宮を建立して祈願所とし、毎年金品を奉納したと伝えられる。
その後、社殿の荒廃により、文政11年(1828)4月8日に当時の住職である権大僧都法印玄眠が熊野宮(現在の八幡宮)へ奉遷合祀し、以来「三山熊野宮」と称した。明治5年(1872)の神仏分離を経て、明治6年(1873)7月15日に熊野宮と合祭して八幡宮へ改称した。さらに、昭和21年(1946)6月19日に宗教法人令による八幡宮となり、昭和25年(1950)11月9日には境内地の譲与認可を受けた。
社伝によれば、天文3年(1534)7月1日に建立され、当初は十一面観音をまつり、上石川村の人々の信仰を集めていた。その後、上石川・下石川をはじめとする近郷の農民の安泰を願い、熊野大権現をまつるようになった。石川城主・南部高信も篤く崇敬し、八幡館に八幡大菩薩宮を建立して祈願所とし、毎年金品を奉納したと伝えられる。
その後、社殿の荒廃により、文政11年(1828)4月8日に当時の住職である権大僧都法印玄眠が熊野宮(現在の八幡宮)へ奉遷合祀し、以来「三山熊野宮」と称した。明治5年(1872)の神仏分離を経て、明治6年(1873)7月15日に熊野宮と合祭して八幡宮へ改称した。さらに、昭和21年(1946)6月19日に宗教法人令による八幡宮となり、昭和25年(1950)11月9日には境内地の譲与認可を受けた。
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