有名度
十両諏訪神社
すわじんじゃ
青森県三戸郡南部町剣吉字上町44
青森県三戸郡南部町剣吉字上町44

かんたんご利益
- 仕事
- 家庭
- 勝負
諏訪神社には
「仕事系」「家庭系」「勝負系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
五穀豊穣 家内安全 武運長久
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「諏訪系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
諏訪神社は青森県三戸郡南部町に鎮座する神社。御祭神は建御名方命の1柱をまつる。
当社は、大同2年(807年)に創建されたと伝えられている。社伝によれば、田村将軍利仁が奥州平定のため当地を通過した際、深山権現の林の下から湧く清水を刀の焼き入れに用いる霊水としたことが起源という。この伝承にちなみ当地は「剣吉」と名付けられ、住民が泉を掘り広げて信濃国の諏訪神を勧請したと伝えられている。
応仁年間(1467~1469年)には初めて社殿が建立されたが、天正年間(1573~1592年)に落雷による火災で焼失した。その後、剣吉城主で南部氏の重臣であった北信愛によって再建されたと伝えられる。また、昭和25年(1950年)12月には、国有地となっていた境内地372坪6合が神社へ譲与された。
明和8年(1771年)には京都で神輿が製作され、翌明和9年(1772年)には御神鏡、神楽太鼓、鉦、幟などの祭具が整えられた。同年には八戸藩から神輿の通行が許可され、神輿行列を組んで村内を巡る祭礼が始まったと考えられている。これら江戸時代に製作された神輿や祭具の一部は、現在も祭礼で使用されている。
諏訪神社の例大祭を起源とする名川秋まつりでは、神輿渡御行列と山車の合同運行が行われる。行列には神楽、鹿踊り、商宮律、虎舞、権現舞、杵舞などが加わり、神社や御旅所で芸能が奉納される。また、明和9年(1772年)に製作された神楽太鼓は、南部町指定有形民俗文化財に指定されている。
当社は、大同2年(807年)に創建されたと伝えられている。社伝によれば、田村将軍利仁が奥州平定のため当地を通過した際、深山権現の林の下から湧く清水を刀の焼き入れに用いる霊水としたことが起源という。この伝承にちなみ当地は「剣吉」と名付けられ、住民が泉を掘り広げて信濃国の諏訪神を勧請したと伝えられている。
応仁年間(1467~1469年)には初めて社殿が建立されたが、天正年間(1573~1592年)に落雷による火災で焼失した。その後、剣吉城主で南部氏の重臣であった北信愛によって再建されたと伝えられる。また、昭和25年(1950年)12月には、国有地となっていた境内地372坪6合が神社へ譲与された。
明和8年(1771年)には京都で神輿が製作され、翌明和9年(1772年)には御神鏡、神楽太鼓、鉦、幟などの祭具が整えられた。同年には八戸藩から神輿の通行が許可され、神輿行列を組んで村内を巡る祭礼が始まったと考えられている。これら江戸時代に製作された神輿や祭具の一部は、現在も祭礼で使用されている。
諏訪神社の例大祭を起源とする名川秋まつりでは、神輿渡御行列と山車の合同運行が行われる。行列には神楽、鹿踊り、商宮律、虎舞、権現舞、杵舞などが加わり、神社や御旅所で芸能が奉納される。また、明和9年(1772年)に製作された神楽太鼓は、南部町指定有形民俗文化財に指定されている。
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神社詳細
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出典
青森県神社庁
http://www.aomori-jinjacho.or.jp/
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