有名度
十両八幡宮
はちまんぐう
青森県三戸郡五戸町浅水字浅水70
青森県三戸郡五戸町浅水字浅水70

かんたんご利益
- 仕事
- 勝負
八幡宮には
「仕事系」「勝負系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
国家鎮護 殖産興業 武運長久 成功勝利
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「八幡系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
八幡宮は青森県三戸郡五戸町に鎮座する神社。御祭神は応神天皇の1柱をまつる。
社格は旧村社。
当社は、仁安元年(1166年)9月に創建されたと伝えられている。甲斐国の加賀美次郎遠光が八幡大神を勧請し、その子である南部光行も祖先の守護神として篤く奉斎したという。
治承4年(1180年)、源頼朝が石橋山で挙兵すると、光行は八幡大神を奉じて従軍した。さらに奥州藤原氏との戦いでも軍功を挙げ、建久2年(1191年)12月にはその功績により糠部五郡を与えられた。
その後、光行は家臣の津島平次郎と石見入道に命じて八幡大神を一時滝ノ沢へまつり、鎮座地を定めた後に浅水館へ奉遷した。浅水館には後世、南部氏第22代当主・南部政康の三男である南部長義が三戸城から移り住んだと伝えられている。
明治6年(1873年)4月には村社に列格した。例祭は毎年9月15日に執り行われ、南部氏ゆかりの歴史を今に伝えている。
社格は旧村社。
当社は、仁安元年(1166年)9月に創建されたと伝えられている。甲斐国の加賀美次郎遠光が八幡大神を勧請し、その子である南部光行も祖先の守護神として篤く奉斎したという。
治承4年(1180年)、源頼朝が石橋山で挙兵すると、光行は八幡大神を奉じて従軍した。さらに奥州藤原氏との戦いでも軍功を挙げ、建久2年(1191年)12月にはその功績により糠部五郡を与えられた。
その後、光行は家臣の津島平次郎と石見入道に命じて八幡大神を一時滝ノ沢へまつり、鎮座地を定めた後に浅水館へ奉遷した。浅水館には後世、南部氏第22代当主・南部政康の三男である南部長義が三戸城から移り住んだと伝えられている。
明治6年(1873年)4月には村社に列格した。例祭は毎年9月15日に執り行われ、南部氏ゆかりの歴史を今に伝えている。
スポンサーリンク
神社詳細
摂末社・境内社
情報募集
例祭
情報募集
文化財
情報募集
建築
情報募集
神紋
情報募集
出典
青森県神社庁
http://www.aomori-jinjacho.or.jp/
http://www.aomori-jinjacho.or.jp/
