新田八幡宮 青森県 - 神社ファン

有名度

前頭

新田八幡宮

にったはちまんぐう

青森県八戸市新井田字舘平10

😞 🙁 😐 🙂 😄

青森県八戸市新井田字舘平10

かんたんご利益

  • 仕事
  • 勝負
新田八幡宮には

「仕事系」「勝負系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

国家鎮護 殖産興業 武運長久 成功勝利

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

八幡系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

新田八幡宮は青森県八戸市に鎮座する神社。御祭神は誉田別尊の1柱をまつる。
社格は旧村社。
新田八幡宮は、新井田川右岸の高台に築かれた新田城跡に鎮座する。新田城は根城跡と並ぶ規模を誇る八戸市内有数の中世城館である。建武元年(1334年)、南部師行が陸奥国司・北畠顕家の国代として根城を築いた後、その一族である新田政持が新田の館を構えた。神社の由緒では、南部師行の嗣子・政長の第2子である政持が新田の館を領有し、嫡家でまつられていた誉田別尊を勧請したことを創建の起源としている。新田氏は新田城を本拠とし、根城南部氏を支える一族として存続した。
焼失した棟札の記録によれば、文禄2年(1593年)には新田小十郎を願主として社殿が建立された。寛永4年(1627年)、根城南部氏第22代当主・南部直義が盛岡藩主・南部利直の命により遠野へ移り、新田氏第12代の新田義実もこれに従ったため、新田城は城館としての役割を終えた。この際、社殿は村民へ譲られ、松橋氏が社守となり、大舘地区の人々が祭祀を受け継いだと伝えられている。
寛文10年(1670年)には松橋長七が社殿を再興した。『御勘定所日記』の明和3年(1766年)9月14日条には「新井田館八幡」と記され、祭礼日の鐘を静かにつくよう命じられたことが記録されている。同年には、八戸藩第6代藩主・南部信依が、隠居した南部信興のために新田城跡へ新御殿を造営した。社殿は当初、新田城内南側の帯曲輪の縁に建てられ、その後、本丸南西隅を経て現在地へ遷座したと伝えられる。現在も新田城本丸跡西側の平場に鎮座し、周囲には曲輪や空堀など中世城館の遺構が残されている。
例祭は毎年8月15日に執り行われる。また、10月上旬には新田城まつりが開催され、武者行列や地域芸能が披露される。祭りでは、寛永4年(1627年)に根城南部氏と新田氏が遠野へ移った歴史にちなむ行列も行われ、地域の歴史と伝統を今に伝えている。
  • 村社
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出典
青森県神社庁
http://www.aomori-jinjacho.or.jp/