有名度
十両八幡宮
はちまんぐう
青森県南津軽郡田舎館村東光寺字林元23
青森県南津軽郡田舎館村東光寺字林元23

かんたんご利益
- 仕事
- 勝負
八幡宮には
「仕事系」「勝負系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
国家鎮護 殖産興業 武運長久 成功勝利
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「八幡系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
八幡宮は青森県南津軽郡田舎館村に鎮座する神社。御祭神は譽田別尊の1柱をまつる。
創建年代は明らかではない。東光寺村には常光寺道と呼ばれる小路があり、その北側に小祠がまつられていたと伝えられている。
天文10年(1541年)、東光寺村字高田の開基とされる太左衛門がこの地へ移住し、小祠を奉斎した。その後、移住者が次第に増え、およそ100年後には村内の戸数が20戸余りとなったという。さらに天正年間(1573~1592年)には、村人たちの協議によって社殿が新築された。
正保2年(1645年)の『津軽知行高之帳』には、田舎郡の新田として藤光寺村が記録されている。また、貞享4年(1687年)の検地水帳には、八幡社地2畝歩の記載が見られる。現存する最古の棟札は文化7年(1810年)のものであり、古くから地域の信仰を支えてきたことがうかがえる。
宝暦5年(1755年)の飢饉の際には堂が鳴動し、さらに明治2年(1869年)の凶作後にも社殿が鳴動したという伝承が残されている。境内には忠魂碑、御大典記念碑、庚申塔、力士碑、末社などがあり、地域の歴史と信仰を今に伝えている。
創建年代は明らかではない。東光寺村には常光寺道と呼ばれる小路があり、その北側に小祠がまつられていたと伝えられている。
天文10年(1541年)、東光寺村字高田の開基とされる太左衛門がこの地へ移住し、小祠を奉斎した。その後、移住者が次第に増え、およそ100年後には村内の戸数が20戸余りとなったという。さらに天正年間(1573~1592年)には、村人たちの協議によって社殿が新築された。
正保2年(1645年)の『津軽知行高之帳』には、田舎郡の新田として藤光寺村が記録されている。また、貞享4年(1687年)の検地水帳には、八幡社地2畝歩の記載が見られる。現存する最古の棟札は文化7年(1810年)のものであり、古くから地域の信仰を支えてきたことがうかがえる。
宝暦5年(1755年)の飢饉の際には堂が鳴動し、さらに明治2年(1869年)の凶作後にも社殿が鳴動したという伝承が残されている。境内には忠魂碑、御大典記念碑、庚申塔、力士碑、末社などがあり、地域の歴史と信仰を今に伝えている。
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神社詳細
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出典
青森県神社庁
http://www.aomori-jinjacho.or.jp/
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