有名度
十両神明宮
しんめいぐう
青森県南津軽郡田舎館村垂柳字福岡17
青森県南津軽郡田舎館村垂柳字福岡17

かんたんご利益
- 仕事
神明宮には
「仕事系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
国家隆昌 生命力向上 五穀豊穣
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「伊勢・神明系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
神明宮は青森県南津軽郡田舎館村に鎮座する神社。御祭神は天照皇大神の1柱をまつる。
創建は寛永元年(1624年)と伝えられる。もとは修験弥勒院が管理する日月堂で、日天月天堂とも称されていた。
伝承によれば、大同2年(807年)、坂上田村麻呂が蝦夷征討に際して神仏の加護を祈り、日月を描いた軍旗を掲げて戦いに臨んだという。戦勝後、その軍旗を清浄な地に置いたところ、村人が風雨にさらされることを惜しみ、堂を建立して軍旗を納めたことが日月堂の起こりと伝えられている。
その後、天正年間(1573~1592年)に火災によって焼失したが、田舎館城主・千徳掃部政武の家臣である福士市左右衛門が再建した。再建にあたっては日月の像を鋳造して御神体とし、新たに神殿を造営したと伝えられる。
明治4年(1871年)の神仏分離により、日月堂から神明宮へ改称した。境内には石鳥居敷石奉献記念碑のほか、明治40年(1907年)5月16日建立の陸軍関係碑が残され、神社の歴史を今に伝えている。
創建は寛永元年(1624年)と伝えられる。もとは修験弥勒院が管理する日月堂で、日天月天堂とも称されていた。
伝承によれば、大同2年(807年)、坂上田村麻呂が蝦夷征討に際して神仏の加護を祈り、日月を描いた軍旗を掲げて戦いに臨んだという。戦勝後、その軍旗を清浄な地に置いたところ、村人が風雨にさらされることを惜しみ、堂を建立して軍旗を納めたことが日月堂の起こりと伝えられている。
その後、天正年間(1573~1592年)に火災によって焼失したが、田舎館城主・千徳掃部政武の家臣である福士市左右衛門が再建した。再建にあたっては日月の像を鋳造して御神体とし、新たに神殿を造営したと伝えられる。
明治4年(1871年)の神仏分離により、日月堂から神明宮へ改称した。境内には石鳥居敷石奉献記念碑のほか、明治40年(1907年)5月16日建立の陸軍関係碑が残され、神社の歴史を今に伝えている。
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出典
青森県神社庁
http://www.aomori-jinjacho.or.jp/
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